『東京新聞』2001年11月19日付夕刊
宮本憲一 大学はどう生きるべきか
■公共財としての役割明確化を
■『歴史継承』も改革の基底に
九月下旬に国立大学の「独立法人化」に関する中間報告が発表され、今年いっぱいにパブリック・コメントが求められている。その上で明年の三月末日までに最終報告がだされることになっている。この改革は日本の戦後成立した新制国立大学の管理運営の形態を基本的に変更するものである。
「中間報告」については、すでに国大協が意見を発表しているように、「独立行政法人通則法」などにくらべれば評価できるものの、沢山の問題点がある。とくに、戦後の学術の発展の基盤であった大学の自治、研究・教育の自由がこの「報告」の原理となっている学外者の経営組織への導入と外部評価による「予算管理」によって侵害されないかどうかが大きな問題点となっている。
また、今回の改革は高等教育の発展を目的としているが、同時に行財政改革の一環として、民間企業の競争原理による淘汰をめざしている。この両者は必ずしも整合しない。欧米にくらべてGDP(国際総生産)にしめる高等教育への公的支出が半分の現状で、予算の大幅な増額なしに大学の再編統合をおこなって、教育・研究の水準が画期的に上昇するかどうかは疑問であろう。これらのことはすでに指摘されているので、全く別の視角で、こんごの大学がどう生きるべきかについて、二、三ふれておこう。
私は教員として金沢大学、大阪市立大学と立命館大学と三つの経営形態を経験した。これらの大学の中では、今日、立命館大学の経営がもっとも注目されるであろう。
この大学は自ら長期計画をたて、学部自治をこえて全学的な立場で、それを実行し評価して前進している。大阪市大で偏狭な学部自治のために、全学的に必要であった都市研究センターがつくれなかった経験からみると、アジア太平洋大学をつくり、次々と新学部やインスティテュートを創設できる状況はうらやむべきことである。教職員も学生も悪くいえば企業主義だが、大学のレベルを上げるために、愛校心をもっていることも国公立大とは比較にならぬ。
たとえば多数の学生が、出身校にいって、受験をすすめるという自発的な行為などはおどろくべきことである。就職の指導、経営・財務の公開や日常の学生の学務指導は、職員が率先している。国公立大学の設備が老朽化し、補修や清掃が行き届かぬこととくらべると、学園のアメニティの値は高いといってよい。
この現状を生む経済的基盤というと、三万人をこえる学生を擁し、その多くは文科系学部であることだ。学生が二万人をこえなければ、授業料主体の私立大学の経営の発展はむつかしいであろう。受験生も入学定員の数倍以上が要求される。今後、受験生が激減する中で安定した大学経営をしようと思えば、付属高校をふやして一定の水準の学力をもった高校生を確保しなければならない。立命館大学は着々とそういう戦略をすすめたが、同時に新草津キャンパスやアジア太平洋大学の設立については、絶大な自治体の財政的支援を受けたのである。
では前進を重ねるこの大学の現状が満足すべきかというと、当事者はまだまだというであろう。少数教育といっても、国公立大学にくらべると大量教育である。教育の密度を高めるために多くの労力をはらっているが、教師の数が総体的に少ないので、研究時間がなくなってしまう。いかにして研究条件を上げるかが、研究科長をしていた時の最大の課題であった。この現状を打開するにはどうしても私学に対する公的な援助の画期的増大が必要なのである。
さて、少し個人的経験をのべた。こういう大規模私学の現状に学ぶべき点は多いが、国立大学、とくに小規模な地方国立大学が独法化しても経営上は模倣できず、独自の道を創案しなければならぬであろう。結論的にいいたかったことは、大学は公共財であって、企業と同じでないということだ。したがって日本の高等教育の改革は私学の改革も必要であり、国立大学の形態を変えるだけではなく、私立・公立大学をふくめた全大学の改革のグランドデザイン、とくに公的役割の明確化が必要なことを述べたかったのである。
また改革は歴史の継承が必要である。戦後の改革では旧制高校の廃止による自由な教養教育の継承に失敗している。戦後の新制大学は今日多くの課題を抱えているとはいえ、私学の発展にみられる民主化・大衆化に、地方国立大学は地域の教育・文化の向上に寄与した。そしてなによりも大学の自治、研究・教育の自由によって学術を向上させた。この歴史の継承が今日の改革の基底になければならぬであろう。
みやもと・けんいち 1930年、台湾・台北市生まれ。滋賀大学学長。名古屋大学経済学部卒。専門は財政学・環境経済学。金沢大学助教授、大阪市立大学商学部長、立命館大学政策科学研究科長などを経て今年7月から現職。日本環境会議代表理事。著書に『環境経済学』『日本社会の可能性』など。