☆名古屋大学医学部保健学科/有志の意見書
200110.29 [he-forum 2781] 名古屋大学医学部保健学科/有志の意見書
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個人名で提出しました。小林@名大・医・保健
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文 部科学省高等教育局大学課大学改革推進室宛
,,,『新しい「国立大学法人」像について(中間報告)』に対する意見
ちょうど2年前、私たち名古屋大学医学部保健学科の教官有志は、国立大学の独立行政法人化の動きに対して、短期的・効率重視の研究教育が蔓延し、特に、新しい科学である保健・健康科学の分野にとって致命的な打撃となることを憂慮し、健康科学の確立と医療人養成機関の高度化・基盤整備などについて十分な配慮を要望しました(下記資料)。
2年たった今、この中間報告では独立行政法人が国立大学法人に名前が変わっていますが、独立行政法人化に対して1997
年に文部大臣(当時)が述べた反対理由「大学の自主的な教育研究活動を阻害し,教育研究水準の大幅な低下を招き,大学の活性化とは結びつくものではない」がそのまま、あるいはそれ以上に危険な形で提案されていると考えます。
保健・健康科学の分野に身を置くものとしての見解を述べます。
1)国立大学は法人格を持つべきです。それが大学の自主性、自律性を高めるなら。
中間報告の「基本的な考え方」では、国立大学の法人化を検討する前提として、「諸規制の大幅な緩和、大学の裁量権の拡大」等の法人化のメリットを生かすことを強調しています。しかし、中間報告の描く大学管理像は、むしろ大学を外部の意のままに動かせるようにするものです。内部の民主主義は押さえようとしています。学部自治を嫌悪しているように思われます。
文科相による中期計画の承認制にせよ、資源配分と評価制度のリンクにせよ、運用しだいでは逆に文科省(国)の管理を強めることになりかねません。このような制度設定の意図が見え隠れしています。
また、学長選考方式や、大学運営への学外者の関与など、各大学の自主性・自律性に委ねるべきことまで事細かに決めようとしており、冒頭の言葉や政府のいう規制緩和にも反します。
限られた数の人間の決定に多数の教職員が従うという体制のできた大学で、活発な学術が発達するとは思えません。いわゆる「トップダウン」という方針は、民間企業でさえ、部下の力を最大限に発揮させることができないと放棄した経営手段ではありませんか?
2)国は高等教育や基礎研究にたいし、十分な財政的保証をすべきです。
中間報告の方向は、むしろ大学を財政的に縛るものです。
基礎研究では予測したとおりの結果がでるものではなく、長い年月の試行錯誤の繰り返しの中から、一見無駄と思える努力の中から生まれます。予想外の結果の中に大きな発見があるとは、ノーベル受賞者の野依先生がおっしゃっていることです。
国立大学が全体として、短期的には成果を予測しがたい先駆的な研究や基礎的な研究、社会的需要は少ないものの重要な学問の継承などを果たすことができたのは、少ないながらも従来の経常経費に拠るものです。法人化された大学には、競争的観点とは別に、安定的な基盤経費が充実されることが不可欠です。
また、健康科学の確立と医療人養成機関の高度化・基盤整備は国の責任です(下記資料の1)。
3)教育や基礎研究、医療に競争原理を適用することは間違っています。
中間報告の「基本的な考え方」として、「国立大学における教育研究の世界に---競争原理を導入すべきである」とありますが、これには賛成できません。競争原理によって国立大学の活性化がもたらされるとするのは、どのような根拠に基づくのでしょうか?
調査検討会議の皆さまは、私たちが研究教育に日々励むのは何かご褒美をもらいたいからだと思っているのでしょうか?目の前に人参をぶら下げられれば速く走るけれど、人参(あるいはアメとムチ)がなければ遊んでしまうと思っているのでしょうか?
医療は、患者を中心に、同僚や異職種のプロフェッショナルとの共同が必須です。ひたすら他を押しのけて「自分の業績」「自分の成果」を上げることに追われる教育研究者の下で、人間性あふれる医療人は養成できません。
また、医学の教育研究に重要な役割を持つ大学病院が、経営の効率化のために、本来の業務を縮小し、採算を追い求めることになるのを恐れます(下記資料の2)。
4)大学の評価は、研究者教育者の成長と大学の質の維持・向上のために必要です。合理的な基準で評価を受け、努力目標がはっきりすることは良いことです。
ただし、中間報告では、評価を直接、資源配分に結びつけようとしています。実際にはどのようにして選ばれた誰が、何を基準に評価するのか、評価結果をどう資源配分につなげるかなどが不明確です。言葉だけの「厳正かつ客観的な第三者評価のシステムを確立し」がむなしく聞こえます。第三者評価システムは何年を目標に確立するのでしょうか。これが確立される前提もないのに、「評価結果に基づく重点的な資源配分の徹底を図るべきである。」が一人歩きしています。
評価を資源配分に過度に結びつけることには賛成できません。客観的評価というと、一般には点数化することを求められます。個々の項目について、本当の成果と点数とは相関があるのでしょうか?それが検証されているのでしょうか?(下記資料の2、3、4) 新しし科学はどのように育てるのでしょうか?
ちなみに保健学・健康科学は、まだ科学研究費の細目にも載せられていない新興の、これから発展させるべき科学であると考えております(下記資料の4)。
5)学生は大学の構成員です。学生のいない大学はありえません。学生は不特定のお客様や単なる受益者ではありません。
高等教育の基礎的な原理を明らかにしたユネスコの「高等教育世界宣言」(1998年)では、学生を重要な大学構成員と認め、カリキュラム改革など大学改革に学生の声を反映させることが必須であるとしています。これが国連レベルのグローバルスタンダードです。しかし中間報告では学生の勉学条件や諸権利については、ほとんどふれられていません。一般教員の声さえ反映させる道を閉ざそうとしているこの中間報告の帰結は、大学運営からの学生の排除あるいは無視であると想像されます。それでは世界の高等教育のスタンダードからの脱落です。
また中間報告の「基本的な考え方。前提2」では、国立大学が「---学生に経済状況に左右されない進学機会を提供するなど、重要な役割を果たしてきている。」ことを認めています。しかし、競争原理と経済効率優先の「国立大学」では、授業料がさらに上がることにより、経済的に恵まれない学生の勉学の機会を奪われることを恐れます(下記資料の5)。
(資料)
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1999年12月27日
名古屋大学総長
名古屋大学医学部長
国立大学の独立行政法人化を憂慮する声明
名古屋大学医学部保健学科
(看護学専攻、放射線技術科学専攻、検査技術科学専攻、理学療法学専攻、作業療法学専攻)
拡大教官会議(専任の教授、助教授、講師、助手で構成)有志 (学科長 猪田 邦雄)
私たちは国立大学の独立行政法人化の動きに対し憂慮を表明します。
本年9月に文部省が国立大学の独立法人化の受け入れを表明しました。私たちは9月27日に名大総長からの説明をうけ、これについて検討してきました。11月16日の記者会見で発表された「国立大学の独立行政法人化に反対する名古屋大学教員の共同声明」には、呼びかけから短期間であったにもかかわらず保健学科内の9割を越える教官が賛同を表明しております。
独立行政法人化が既成事実であるかのように報じられている場面すらあります。しかし、独立行政法人化の通則法をそのまま適用することは国立大学にふさわしくないことを、文部省も認めているところです。また、それを補うための文部省案によっても、独立行政法人となった大学では、教職員は主務大臣の定めた5年の中期目標のもと、主務大臣の許可をうけた中期計画にしたがい、年度計画を定めて業務を行う必要があります。さらに主務省におかれる「評価委員会」によって定期的に業績評価されるため、短期的・効率重視の研究教育が蔓延するおそれがあります。私たちは、独立行政法人化によって大学における教育研究機能が崩壊することを憂慮せざるを得ません。特に、新しい科学である保健・健康科学の分野にとっては致命的な打撃をうけることを恐れます。下記の諸点に関し十分な議論が必要であり、性急な結論を出されることのないよう、医学部保健学科に所属する教官として、強く要望いたします。
なお私たちは、国民の期待に応え、真に国民の評価に耐える仕事をするべく努力する決意を表明します。
1.健康科学の確立と医療人養成機関の高度化・基盤整備は国の責任です
健康科学と医療人養成の教育研究の高度化は、日本ではようやくその緒についたところです。看護学科の新設や、医療技術短期大学部から医学部保健学科への改組(4年制大学化)が数年前から年に数校づつ行われてきており、また大学院がようやく設置され始めていますが、いずれもまだ計画途上です。また4年制や大学院ができたところでも建物・施設・人員などが十分整備されておりません。国の責任において、さらなる基盤整備をすべき状態と考えます。
2.多職種や学際的諸分野の協力を必須とする業務は経済効率による評価になじみません
医学医療に関わる教育研究にはきわめて多職種の専門家が関わり、医療施設、教育機関、保健所等の行政機関、ボランティアを含む市民との連携、心理学・哲学や芸術も含む多面的・学際的な研究などを必要とします。これを定型的な業務として経済効率をもって評価すべきではありません。個人あるいは組織間の競争を通じて組織・業務のスリム化・効率化を図ることは医療関連の教育研究の崩壊につながり、影響が患者や学生に及ぶことが危惧されます。
3.教育研究は非定型的業務であり、また効果の評価には長期間を必要とします
一般に教育研究活動は人間の精神活動を対象とする非定型的業務であり、これを定型的な業務として均一化することは、教育研究の自主性、独自性、創造性を損ないます。短期間単位の業績評価は速攻堅実型の時流的研究を選択させることになり、長期にわたる縦断的研究や基礎的研究を排除する恐れがあります。とくに医学医療に関わる教育・研究活動の効果は長い年月を経て初めて明らかになるものです。
4.健康科学分野における評価方法の開発は現在の課題です
現在、科学的根拠のある医療を実現すべく多くの努力が続けられています。また、生と死、延命、遺伝子治療などのあるべき医療の確立は、21世紀の国民的課題であり、なお未解決の問題が多い状態です。特に健康科学、看護科学やリハビリテーション科学では、評価方法の開発が現時点での課題です。発達途上の科学に対して既存の業績評価法を適用することは危険です。
5.授業料の値上げは医療医学を目指す多くの若者の夢を閉ざします
医療人を目指す多くの若者は、教育を受ける時点で経済的に恵まれているとは限らず、また、卒業後の生活を担保にこの道を目指すわけではありません。授業料をこれ以上の高額にすることは、ヒューマニズムにあふれ真にこの職業を目指す多くの若者やその家族の夢を閉ざし、入・進学をあきらめさせ、あるいは学業の継続を困難にするものです。
以上
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小林 邦彦 kobayasi@met.nagoya-u.ac.jp
名古屋大学医学部保健学科理学療法学専攻
461-8673 名古屋市東区大幸南 1-1-20
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