『山陰中央新報』2001年9月2日付 羅針盤

 国立大学の果たした役割と将来
 
 鳥取大学長  道上 正規 

   国立大学に対して今年六月、文部科学大臣から、『大学(国立大学)の構造 改革の方針』が公表された。いわゆる「遠山プラン」で、小泉内閣の経済財政 諮問会議と全国国立大学長会議に、活力に富み、国際競争力のある国公私立大 学づくりの一環として提示された。
 それは(1)国立大学の再編・統合を大胆に進める→スクラップ・アンド・ ビルドで活性化(2)国立大学に民間的発想の経営手法を導入する→新しい 『国立大学法人』に早期移行(3)大学に第三者評価による競争原理を導入す る→国公私『トップ30』を世界最高水準に育成する−である。
 このプランは、学長をはじめとする大学関係者に大きな衝撃を与えた。特に (1)(3)は、これまで議論されていなかったのでなおさらだったが、それ よりも今日まで国立大学の果たしてきた社会に対する貢献や、大学の持ってい る知の継承・創造の在り方が議論されず、経済的効率と競争原理のみ取り上げ られていることが衝撃的であった。  五十二年前の一九四九(昭和二十四)年、帝国大学、専門学校、師範学校な どが再編・統合され、新制大学が発足した。国立大学が、各都道府県に少なく とも一校はでき、その数は全国で六十九校に達した。もちろん、乏しい国家財 政の中から大学を創(つく)ったので、組織や設備、特に校舎は貧しいもので あった。評論家大宅壮一氏はこのような大学を「駅弁大学」と皮肉った。
 しかし、国民は新制大学に熱い期待を寄せ、子弟を大学に入れて、教育する ことを生きがいとすると同時に、卒業生も地域社会のキーパーソンとして活躍 した。卒業生たちは、企業でも戦後の高度経済成長を支えるリーダーとして活 躍した。とりわけ、地方の国立大学は、地域の知的中核施設として、教育、文 化、地域経済に貢献し、なくてはならない存在になってきている。
 グローバル化の中で、二十一世紀は知識社会とも言われる。その構築が社会 全体の緊急の課題である。したがって、社会や政府が大学に寄せる期待は従来 になく大きく、われわれには社会にこたえうるような新しい国立大学をつくり だす必要がある。
 国立大学協会では、国立大学の役割として(1)知識・技術の創造拠点とし て(2)中核人材の養成拠点として(3)教育機会を保証するものとして、の 三点を挙げている(国立大学協会第8常置委員会編集のパンフレット)。
 (1)知識・技術の創造拠点 日本の国立大学の論文生産数は、米国をはじ めとする世界の大学に引けを取らない。世界の論文生産数上位十五の中に日本 の三大学が入っており、国際的影響力は強まりつつある。国内に目を向けると、 論文生産数上位五十位の中に国立大学が三十二大学入っており、都会の大学だ けではなく、地方の国立大学も活躍している。「民間との共同研究」制度を利 用して、特に地方では地域産業に大きなインパクトを与えている。
 (2)中核人材の養成拠点 日本の大学生の約八割は私立大学に在学してい ることから、国立大学の存在意義は小さいとの議論がある。しかし、理工系や 保健・教育の分野では、約四割の学生が国立大学に在学し、社会で活躍してい る。さらに、高度の研究開発を担う理工系分野の大学院学生の約七割は、国立 大学で占めており、保健・教育分野でもほぼ同様である。国立大学は、特に自 然科学・技術・保健・教育分野の中核的人材を養成してきた。こうしたことが、 日本の経済力の基盤を支えてきたことは言うまでもない。
 (3)教育機会の保証 国立大学は、低所得家庭の進学機会の増大に寄与す ると同時に、私立に比べて、理工系学部や医歯系学部への低所得家庭からの進 学を相対的に容易にしている。  政府の高等教育費は、GNP比0・5%で、先進欧米諸国の半分以下である にもかかわらず、国立大学は総体として、わが国の発展の基盤を支えてきたと いえる。この成果を引き継ぎながら、国民が築いてきた知的インフラをさらに 充実させるためには、高等教育への政府の投資を、GNP比で先進欧米諸国並 みの1%を必要とする。
 行政改革の掛け声のもとに「遠山プラン」の『トップ30』への重点配分と いう「効率性」のみを優先した改革を進めれば、禍根を残すことになる。今、 必要なことは、大学の現状を直視して、弱点を補強し、特徴を伸ばす冷静な改 革である。そのためには、国民の息の長い大学に対する支援と評価が望まれる。
 みちうえ・まさのり 一九四一年二月生まれ。愛媛県出身。京都大大学院工 学研究科修士課程修了。同大防災研究所助教授を経て七八年、鳥取大工学部教 授。同大工学部長、副学長などを歴任し、四月から現職。著書に「河川の土砂 災害とその対策」など。趣味はゴルフ、山歩き、読書。工学博士。日本学術会 議会員。鳥取市湖山町北六丁目。


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☆ 国立大学の果たした役割と将来
2001.10.11  [he-forum 2678] 山陰中央新報09/02