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毎日新聞 10月17日 記者の窓

「狙って取る」でいいのか  大切な研究見失う恐れ

日本ノーベル賞戦略   
 
元村有希子(科学環境部)

 今年のノーベル賞は、野依良治・名古屋大大学院教授(63)が化学賞に選ばれた。 自然科学3賞(物理学,化学,医学・生理学)では7人目。日本人として誇らしく思う一 方、取った、逃がしたと一喜一憂する騒ぎ方には違和感を覚える。日本の研究水準の底上げを考えるなら、むしろ「ノーベル賞を狙うな」と言いたい。
 毎年この季節、科学記者は忙しい。ノーベル賞の発表に備え、有力候補といわれる日本人をチェックする作業に追われる。予定槁を点検し、業績を評価してくれる人は誰か、ノーマークの「埋もれた」人材はいないか、と情報を求めて奔走する。ノーベル賞の選考過程は極秘。発表後でさえ、その年に誰が推薦されたか50年間、公表されない。私たちは手探りで情報をかき集め、情勢を探る。
 取材で浮かんだのは、医学・生理学賞ならトロント大名誉教授の増井禎夫氏、化学賞なら野依氏という線だった。結果的に増井氏は受賞せず,野依氏は受賞した。
 「人生最高の栄誉です」。野依氏は受賞の喜びを語った。科学者にとって、ノーベ ル賞は最高の栄誉だが、「同時受賞は3人まで」という上限かあるため逃す人も出る。
 医学・生理学賞の場合、受賞した3人のうち2人は、増井氏と共に米医学界の最高賞・ラスカー賞を98年に受けた。増井氏はカエルを長年研究し、細胞分裂を促す物質を発見したが、選考は「分子・遺伝子レベルでの研究」に絞られ,第3の人物が選ばれた。
 もちろん、ノーベル賞は逃がしても、研究の独創性や貢献度、重要性は揺るがない。ただ巡り合わせが悪かったのだと思う。
 化学賞では、世界的な賞であるイスラエルのウルフ賞を野依氏と分け合い、共同受 賞の有力候補だったフランスの研究者が選外となった。欧州では早くも「なぜ彼を落とした」との声があがっているという。日本人研究者がかって、外国人との共同受賞 から漏れ、寝込んだといううわさも聞いた。
 「ノーベル賞、ノーベル賞と騒いでいる限り、日本は欧米並みになれないよ」
 ある医学者は、厳しい忠告をする。米国は、自然科学3賞で200人を超える受賞者をだしており、ノーべル賞は「キャリアの一つ」だ。ところが「7人」の日本だと、受賞は大騒ぎになる。昨年化学賞を受けた白川英樹氏は「研究以外の仕事に忙殺 されています」と苦笑した。
 国の総合科学技術会議は第2期基本計画で、研究環境整備を狙って、「今後50年に30人程度のノーベル賞受賞者を出す」という目標を掲げた。同会議の議員でもある白川氏は「研究の結果としての受賞であるべきで、数字が独り歩きするのはよくな い」と言う。
 ノーベル賞は「国力」を映す点でオリンピックと似ている。しかし、衆人環視で競 う金メダルとは違う。物理、化学、医学・生理学以外は蚊帳の外だし、チーム研究も対象外だ。時代遅れだという批判もある。そんな偏りの大きいごほうびに、一国の実力評価が振り回されるのはどうか。
 「50年で30人」という目標は分かりやすい。2年連続の受賞で「目標達成も夢ではな い」と喜ぶ声もある。でも、それだけでは日本の実力を見誤る。研究者も「取れないなら失格」と尻をたたかれているようでいい気持ちはしないだろう。
 取材を通じて、日本には世界に誇れる人材は多くいることを実感した。 野依氏はノーベル賞級の人材は10人はいる」と明言する。例えば物理学。湯川英樹 (49年受賞)以来の伝統が健在だ。物質の最小単位・クオークが6種類あると28年も前に予言した小林誠、益川敏英の両氏。謎の素粒子・ニュートリノを研究する小柴昌俊氏 と弟子の戸塚洋二氏らは、世界の最先端を走る。医学や地球科学、化学でも、先駆的 な研究で国際的な賞を取っている研究者は多い。「7人」という数字だけからは見えてこない、日本の財産だ。
 ノーベル賞受賞を阻んできたと言われる「出る杭(くい)は打たれる」風土や、個人の業績 が評価されにくい仕組みは、世代交代と共に改善されるだろう。逆に、ノーベル賞を取りやすい研究にばかり目を向ければ、何が大切な研究かを見失う恐れがある。
 カネと権限を持つ政府がすべきことは、ノーベル賞にとらわれず、次世代を見据えた研究に専念できる金の使い道を考えることだと思う。

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「狙って取る」でいいのか  大切な研究見失う恐れ 
2001.10.18 毎日新聞10/17 記者の窓