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<論外ですか?>教養教育こそ大学の本筋
2001.816 [he-forum 2386] <論外ですか?>教養教育こそ大学の本筋(毎日新聞).
<論外ですか?>教養教育こそ大学の本筋
毎日新聞ニュース速報
大学は高度の専門教育を修める場だといわれる。そのためでもないだろうが、最近では大学は企業で役立つ教育を施すべきだとの主張が勢いを増している。
ほとんどの大学で、入学早々の1年生から専門科目を多く割り振るようになっているのも、その影響だろう。大学院の充実も進められている。
大学1、2年は教養課程で、必ずしも学部や学科の枠に縛られず、哲学や文学、歴史学から、数学、物理学まで、何でも学ぶというわけにはいかなくなっている。これが、いうところの大学改革の実像だ。言い換えれば、教養課程は無駄だという発想だ。どっぷりと教養教育に浸っていたベビーブーマー世代からみて、これが改革といわれても大いに疑問がある。
大体、いまも昔も、大学に入る段階で専攻がかっちりと固まっている学生が、そんなにいるとは思えない。2年間はいろいろな学問分野をかじり、後の2年に何をやるか、十分考えるようにする。あるいは、専門課程の基礎を固める。それが教養課程だろう。
それどころか、大学4年間を終えても、大学院で修士号、博士号を取得しても、企業ですぐ役に立つわけではない。ビジネススクールの経営学修士も、そんなに霊験あらたかなものなのか。
そんなことより、教養課程を重視する方が、回り道ではあるが大学教育、大学生の質を引き上げることになるのではないか。
企業にしろ、新卒の学生がそのまま戦力になるとは考えていないだろう。それなら、将来に向けて、人間としての幅を広げることに最大の力点を置くのがいい。大学教育が企業のための教育に堕する必要はない。
それどころか、学部の4年間はもっぱら教養教育を行い、専門教育・研究は大学院が担当する方が、合理的だという気すらする。
「社会が求めているのは、ゼネラリストではない。スペシャリストだ」ともいわれるが、それは大学卒業後の自己研さんにかかっている。しかも、幅広い教養なしにスペシャリストは生まれない。
【今松 英悦】
[2001-08-15-14:35]