科学技術政策 基礎研究を軽んじないで
2001 .77.30 [he-forum 2320] 毎日新聞社説 07/28.
『毎日新聞』社説2001年7月28日付
科学技術政策 基礎研究を軽んじないで
政府の科学技術政策が産業競争力の強化を意識し過ぎているとして、研究現場のトップが基礎研究の推進を政府に訴えたことが波紋を呼んでいる。 要望書を出したのは大学共同利用機関の国立遺伝学研究所、国立天文台、国立民族学博物館の長など18人。あて先は総合科学技術会議議長の小泉純一郎首相だ。
中央省庁再編で内閣府に発足した総合科技会議は今月中旬、来年度の科学技術予算配分方針をまとめた。3月に閣議決定の第2期科学技術基本計画に沿って、国家的・社会的ニーズが高いライフサイエンス、情報通信、環境などを特に重点を置く分野とした。
科学技術の戦略的重点化と効率化を詳述したのに対し、基礎研究にはごく簡単に触れた。「重点分野以外は研究費を削る」という意思表示ともとれる内容だった。
国立試験研究機関の独立行政法人化に続き、国立大学も民間的発想の経営手法導入と「国立大学法人」への早期移行が課題だ。文部科学省は国立大学に大胆な再編・統合なども求めている。
産業界の要請で産官学連携が強くうたわれ、経済産業省は目的志向型研究が重要だと訴える。
明確な方向性が見えてくる。国立大学などに構造改革を迫る一方で、研究開発の重点化を図り、産業競争力の強化と経済活性化に結び付けていこうという構図だ。
第2期基本計画は、01年度からの5年間の研究開発投資額を24兆円と第1期計画より7兆円増をうたう。財政状況が厳しい中でこれだけ投資するのだから政府は目に見える成果を求めるのだろう。
日本がライフサイエンスなど多くの分野で欧米に後れを取ることを考えれば理解はできる。だが、過度に重点化、効率化を図れば、夢があっても応用に結び付きにくい天文学や素粒子物理学、生物学などの基礎研究が疎んじられる。無理に重点分野に入ろうとする研究者も出てくるだろう。
科学技術の進展に基礎研究は重要であり、政府が目指す科学技術創造立国も独創的な基礎研究の推進抜きには考えられない。総合科技会議の議員の白川英樹・筑波大名誉教授がノーベル賞を受賞したプラスチックに導電性を持たせた業績も、基礎研究が応用に結び付いたことを忘れてはならない。
第2期基本計画の「ノーベル賞受賞者を50年間で30人」という目標も、今度のような予算の重点配分では逆に達成は難しくなる。
総合科技会議の方針に沿って来年度予算の概算要求をする文科省などは現場の声をよく聴き、大きな可能性を秘めた基礎研究を軽んじないようにしてほしい。
いま大学は批判にさらされ、日本学術会議もその在り方が総合科技会議で検討されており、研究者は自由にものを言いづらい。それでも声を上げないと科学技術が変な方向に進む可能性がある。
研究者は世間の厳しい目を自覚し、真に競争原理が働く活気ある研究現場を築いてほしい。「改革の抵抗勢力」では決してないことを自ら示す必要がある。
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