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産業技術総合研究所 研究者憲章
2001.6.27 [reform:03578] 産業技術総合研究所 研究者憲章
会員の方から依頼がありましたので配信します。
ご承知のように、省庁再編に続く、独立行政法人化で、経済産業省傘下の研究所の統合が行われました。その結果として起きている事柄は、国立大学の独立行政法人化の行方を探る上でも、着目すべきであります。その実体は少しづつ明らかにされると思いますが、以下は独立行政法人化を直前にして産業技術総合研究所に参加することになった研究者たち(トップからではない)がまとめた研究者憲章です。紹介者は産業技術総合研究所の研究者ですが、その了承を得て、ここにご案内します。
産業技術総合研究所 研究者憲章
1. はじめに
「産業技術総合研究所」の設立に当たり、ここに研究者として守るべき規範を共通の認識とすることを目的としてこの「研究者憲章」を定める。ここで言う研究者とは、産業技術総合研究所職員のみならず本研究所で研究に携わる全ての人々を指す。
ヒトや動物を対象として行う研究、放射性物質並びに毒劇物・危険物を扱う研究などは、別途定められた規則、指針、ガイドライン等に従って行われなければならないが、この憲章はそれらの根底にある研究者の倫理を明文化するものである。
この憲章は研究行為に関する共通倫理の認識を高め、研究の実践の方法について議論を促進し、倫理的問題が生じた際の判断基準を与えるものである。こうした活動を通して、本研究所が誇りある存在として社会からまた世界から敬意を持って受け入れられることをめざしたい。
2. 社会的責任
科学・技術の研究開発は、将来における社会の繁栄確保にとって極めて重要なものであり、研究者が果たす役割はますます大きくなっている。
研究者の接する社会は、研究社会にとどまらず、地域社会、国民社会、さらには人類社会へと階層的に広がりを持つものであり、研究活動の成果や結果が各階層の社会に対して大きなインパクトを与える可能性を常に有している。したがって、研究者は各階層の社会に対して常に責任を負っていることを自覚しなければならない。
それぞれの研究が社会に与える影響およびそれを早期に予見できるかどうかは、研究テーマによって異なる。応用や実用化を目指した研究の場合には、社会的影響は比較的容易に予見できるが、原子核やゲノムの研究のように非常に基礎的な研究にあっては、その結果が応用され利用されるに従い、社会性を帯び、産業の隆盛や医療の発展に貢献する一方で、反社会的に利用される危険性が生じる場合もある。非常に基礎的な研究の場合には、社会的影響を予見することは困難であるが、近年ではゲノム研究のように基礎研究の早い段階でも社会的な重要性が論じられるケースも多くなっている。このような状況を踏まえ、社会的影響が予見された場合には、研究者はその分野の研究者集団あるいは学会などを通じて社会に対して速やかに問題提起を行うべきである。
研究者は、社会一般との関わりを深めることにより、その説明責任を果たすとともに、社会に対して研究成果を還元し、科学・技術が真に社会に奉仕して、その繁栄に貢献できるよう努力しなければならないことは自明である。研究内容の専門性が高くなり、分野間の融合が急速に進んで複雑化かつ学際化して行く中では、研究者は独創的であるべきだが独善的になることは厳に慎まなければならず、社会一般の人々が研究内容等を理解できるように情報を提供することに努めなければならない。また、科学・技術がより生活に密着した存在となるためにも研究者による地道な啓蒙活動が必要である。社会一般とのこのような関わりについては、本研究所の広報活動を通して行うだけでなく、できるだけ多くの機会をとらえて一般の人々が研究活動を的確に理解できるように努力しなければならない。とりわけ、公的研究機関の研究者は、その研究活動が国民の税金により支えられていることを常に自覚し、研究資源の有効利用と公共財である成果の適正かつ積極的な公表に努めねばならない。
3.安全および環境に配慮した研究活動
一般に、研究は誰も行なったことのない新しい試みであることから、実験のプロセスで様々な危険を伴ったり、環境に対して予想し得ない被害をもたらす危険性も内在している。本研究所では、所内の人の流動性が極めて高いこと、さらには様々な文化的背景を持った人々が従事していることを踏まえて、研究所として安全に対する体制と設備を充実することは組織的に取り組まなければならないが、実験を行う研究者個人の理解や取組みも不可欠である。従って、研究者は所内および地域の人々へ十分な配慮を行うとともに、必要な予測と細心の注意を払いながら研究を進めなければならない。
4. 研究データの管理と情報の取り扱い
研究は注意深く設定した実験・観測や論理思考・数値計算などを駆使して進められるものである。それらの手法の妥当性や得られたデータの正しさが客観的に評価されて初めて成果として認められる。したがって、たとえ論文などの誌上に直接発表しないものであっても、実験・観測データなどの研究記録は適切に保管し、十分な期間保存しなければならない。研究ノートに記すなど証拠能力のある方法による研究記録は、将来、特許申請時や自分のオリジナリティーを主張する場合などに有効に活用することができる。
本研究所において得られた研究成果物(実験データ、試薬、ソフトウエアーなど)は、基本的には本研究所に帰属するものであるが、研究者が他の研究グループや研究機関に異動もしくは移籍する際には、それらの研究成果物の持ち出しについて関係者間で十分な合意を得なければならない。
研究グループのリーダーは、これまで述べたような状況に対する対応も含めて、その研究グループで得られた研究成果物を管理する責任があり、適切な保管と一定期間の保存に関する義務を負っている。
実験データなどの成果を公表することによって社会的に大きな反響が予見される場合には、関係者との緊密な連携の下に注意して対応しなけれなばらない。特に、本研究所の研究者は、公的研究機関の職員として、その発言が国民の信頼に結び付く大きな社会的重みを持っていることについてその責任を自覚する必要がある。
5. 成果の公表
学術誌や学会での研究成果の発表は、研究全体の中で重要かつ本質的な事柄である。その決定は、研究を企画立案し、実施に主たる責任を持つ研究者(グループリーダー、プロジェクトリーダー等)が行うべきである。ただし、グループリーダーではなくとも、主たる責任を持って実質的にその研究を実施している場合は、その当事者となる研究者が責務を担う。研究成果の公表は、一部の例外を除いて、学術誌や学会などにおける発表がまず最初に行われるべきであり、マスコミや一般誌への発表は、学術的な発表に依拠して行うことが望ましい。例外としては、国民の安全・健康等に関して緊急に重要な調査結果や研究結果を得た場合などが考えられる。しかしながら、この場合にも研究結果に対しては、本研究所として責任を持つべきであることから、発表は個人ではなく組織として行うべきである。また、特許など知的所有権に関する申請を行う場合には、他の発表に優先して出願手続きを行うことは特許制度上から当然のことである。
6. 論文発表の意義と著者の責任
学術誌等での発表は、研究成果を公表並びに普及する手段として最も重要である。何故ならば、報告あるいは提案された実験法、解析法、結果等は、関連研究者の検証と批判を経ることによって、人類の共有すべき知的財産となっていくからである。
成果の断片的な分割、あるいは類似データの異なる学術誌への投稿など、論文数の水増し行為は厳に慎まなければならない。このような研究成果の分散発表は、批判と検証を困難なものにするに留まらず、研究成果の価値を自ら低下させることにつながる。
なお、著者・謝辞の記載法については、研究組織、研究分野、さらには学術誌にそれぞれ長年にわたって培われた固有の慣例や独自のルールがあることに留意すべきである。著者・謝辞の取り扱いについては、研究に着手する前に当事者間で予め議論しておくことが望ましい。
7. 成果のオリジナリティー
研究のオリジナリティーを尊重することは、研究者にとって最も大切な精神である。研究はそれぞれの研究者の知的創造活動であるがゆえに、それが誰によってなされたかを正しく認識することは、研究を評価する上で、また研究を行う意欲をかき立てる上で極めて重要である。研究者は自らの行った研究のオリジナリティーを大切にするのと同様に、他の研究者のオリジナリティーも尊重しなければならない。人は他人から聞いたり、議論の中で出てきた事柄や新しいアイデアを時間の経過とともに自らのアイデアであったかのように誤認してしまうこともある。特に、そのアイデアが研究者として共鳴できる考えの場合にこの事が起こりやすい。議論の中身や過程を客観的に分析し、関係する研究者に経過を聞くなどして調査・確認する作業が必要な場合も考えられる。このように、研究者は、研究のアイデアのオリジナリティーは大変微妙であることを理解するとともに、常にオリジナリティーを尊重することを心掛けなければならない。
他の研究者の発表結果や、未発表データあるいはアイデアを適切なプロセスを踏まず、かつ、引用もせずに記述することは、暗黙に自分のオリジナルであるかのように剽窃することになる。また、得られた結果の中から都合の良い部分のみを取り出す、あるいは意図的に一部分を欠落させて結論を導くことは、真実から目をそらす態度であり、研究者としての信頼性を損なうことにつながる。いわんやデータの偽造や捏造を行うことは研究者として自殺行為であり、社会への背信行為でもあることから、これらの行為は厳しく戒めなければならない。
他の研究者の成果であるコンピュータプログラム、特許、遺伝子組換体、合成試薬等の利用についても同様にオリジナリティーを尊重した厳格な運用を行わなければならない。
8. 研究リーダーおよび研究者の役割と責任
研究者の使命は、独創的な研究の遂行、研究成果の外部への積極的な発信と移転、培われた見識に基づく人材の育成や、さらには公的中立的な立場からの科学技術の立案・評価による社会への貢献などである。
研究リーダーは、研究の立案、遂行、成果の発信をリードするとともに、各研究者が十分に能力を発揮できるよう研究環境を整え、研究者の成長と、適性に応じたキャリアパスの形成に配慮するべきである。これに対して研究者は、自分自身の能力を最大限に活かし、担当する研究の進捗、成果の情報発信と移転に貢献する責任がある。
研究リーダーは、研究者個人の目標設定に当っては、単に研究テーマの遂行のために機械的に目標を設定するのではなく、研究者の創意や能力向上を最大限発揮できるように考慮して設定するべきである。また同時に、グループの活力を高め、全体として最大の研究成果を生み出すことができるようにすることも留意すべきである。これに対して研究者は、研究過程で新たな発見に出会った時、その持つ意味を自分自身で見つけ出す素養を常に養う必要がある。さらに一方では、研究リーダーはそのような発見が萌芽しそうな場合には、それを発展できるように研究者を育成する意識を常に有することが必要である。
また、当研究所においては、学生、ポスドク、共同研究者を含む全ての研究者は互いに、任期、身分、年齢、性、国籍などによって差別してはならない。特に、リーダー的立場にある者はその権限を過度に行使しないよう注意する必要がある。
9. 外部との研究協力
産学官連携や共同研究を始めとした外部との研究協力は、研究の進展や成果の技術移転にとって大いに推進すべきである。これらの外部との研究協力にあたっては、著者の記載法や特許など知的所有権の権利配分などで起こり得る問題も含めた研究協力の基礎となるルールについて、関係する部署と連携し、関係当事者間で研究を開始する前に十分に検討し、合意した内容を成文化しておくべきである。また、研究資料や実験
試料のやりとりを伴う場合などにも、それを使用する目的と研究の範囲等について事前に十分話し合い合意を得て、何らかの成文化を行うべきである。
10.審査における義務と責任
投稿論文や応募課題の審査は、科学・技術の進歩を効果的に促す上での不可欠な要素であることから
、研究者は審査のプロセスに積極的に参加すべきである。
審査は、専門家としての評価を適正に行うことを強く求められていることに十分留意すべきであり
、評価に恣意的な視点を混入してはならない。また、求められている評価が自己の能力を超えている、あるいは利害関係によって公正な評価が困難であると判断される場合には、審査員を速やかに辞退すべきである。
審査員は、審査を通して、他の手段では得られない研究上の情報を入手できる特権を持つ立場にあることから、それらの情報を投稿者や応募者の不利益に、あるいは自分自身や第三者の利益のために不正に利用することは許されない。
付記
本憲章は工業技術院の研究者で構成される起草委員会(平成12年4月発足)による議論および草稿作成に続き、平成12年11月からの原案作成委員会において作成したものである。
作成に当たっては以下の文献を参考とした。
1)科学者をめざす君たちへ−科学者の責任ある行動とは−、米国科学アカデミー編/池内了訳、化学同人、ISBN4-7598-0296-7
2) Academic Duty, Donald Kennedy, Harvard University Press,ISBN0-674-00223-7
3) Guidelines for the Conduct of Research in the Intramural