独行法反対首都圏ネットワーク

 博物館・美術館の独立行政法人化
(2000.10.5 [reform:03176] 博物館・美術館の独立行政法人化(「朝日新聞」))

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 博物館・美術館の独立行政法人化

  効率化なじまぬ保存や研究   文化政策として位置づけを               
           高階秀爾    (「朝日新聞」2000年10月4日付)

  明年一月の省庁再編に続いて、四月から、国立の博物館、美術館が独立行政法人に移行することとなった。すでに、東京、京都、奈良の三つの博物館がひとつの独立行政法人国立博物館に統合され、東京の近代美術館、西洋美術館、京都の近代美術館、大阪の国際美術館の四館が、同じく国立美術館としてひとつにまとめられることが決められている。だがその運営の細目は必ずしも明確になっていないし、なお解決すべき問題も少なくない。
  法人化ということは、即民営化ではない。人類の遺産とも言うべき貴重な文化財を護り、広く一般に公開するという責務を負った博物館、美術館の仕事が、通常の採算ベースでは成り立たないことは明らかである。そのため、各法人には、運営交付金というかたちで国からの補助金が出ることになっている。それぞれの法人は、与えられた目標に応じて三年ないし五年の中期計画をたて、さらにそれを年度ごとに細分して事業を遂行するが、補助金の使用については、従来のように年度決算や費目の枠に縛られることなく、かなりの自由度が認められている。その代わり、その成果については事後にしかるべき手続きで評価を受ける。
  その考え方そのものはよい。問題は国からの補助金がどのようなかたちで決定され、保証されるか、はっきりしていない点にある。

  もともと法人化への移行が、行政改革の一環として、サービスの向上とともに効率化を目指す狙いがある以上、必要な補助金をつねに期待することは難しいであろう。とすれば、各博物館、美術館がその活動に必要な要求を提出し、財政当局がそれを査定するという従来のやり方を踏襲する公算が大きい。その場合には、間に立つ法人の役割は、単に屋上屋を加えるだけになりかねない。
  しかも各博物館、美術館は、欧米諸国においてそうであるように、さまざまの事業や民間資金の活用などの「経営」努力が求められている。もしその努力がある程度効を奏した場合、その分だけ補助金が減らされるということになれば、何にもならない。現在各館は、そうでなくても予算の不足から十分な活動が行えない状況にある。各館の努力の成果は、新しい活動に向けられるべきであろう。
  その活動の評価に関しても、単に効率化という視点だけによらない評価システムを考えなければならない。各館が提出する中期計画は、なるべく数値化することが義務づけられているが、そのためにもっぱら数字によって評価されるようなことがあってはならない。例えば展覧会について考えてみても、広く大勢の人びとに訴える企画展も必要だが、他方、それほど観客数が多くなくても、学術上大きな意味を持つ展覧会も重要である。一国の文化水準を高めることも、博物館、美術館の大切な責務だからである。
  これらの諸問題を解決するためには、単に組織や運営の形態を変えるだけでは十分ではない。何よりもまず、博物館、美術館の活動を国の文化政策に明確に位置づける必要がある。もともと独立行政法人という考えは、イギリスのエージェンシー方式にヒントを得たものだというが、もしそうなら、ロンドンのナショナル・ギャラリーがそうであるように、国が責任を持つ美術品は無料で公開するということを考えてもよい。公共図書館の場合と同じく、公共の美術品はだれでも自由に接することができるのが望ましいからである。

  博物館、美術館の活動と言えば、人はまず展覧会のことを考えがちだが、本来その基本となるのは、コレクションの充実とその保存、公開である。博物館、美術館の生命とも言うべきこの重要な活動は、採算とか効率化という観念にはおよそなじまない。作品の購入はむろんのこと、そのための調査研究や、あるいは保存修復の仕事は、直接収益と結びつくものではないからである。そうであればこそ、それらの活動がわが国の文化にとって必要であるということを明確にしておかねばならない。
  現在、多くの美術館において、所蔵品を活用するさまざまな試みが行われている。夏休みの間に子供たちのためのワークショップを開いたり、社会人向けの美術史講座を組織したりするのがその例である。西洋美術館でも、現代歌人協会の協力を得て、「短歌と美術が出会うとき」という企画展が開催中である
(二十九日まで)。
  このような企画を含めて、所蔵品の充実と活用のためには、安定した財政的基盤が必要である。国の補助金は、それらの活動にこそ向けられるべきであろう。その上で、各館は自己の発想と責任において、新しい事業を展開して行けばよい。生涯教育の場として、あるいは美術に関する情報資料センターとして、さらには音楽や演劇など他のジャンルとの協力も視野にいれた文化活動の拠点として、博物館、美術館に要請される役割は、今後ますます広がるであろう。
  基本的な日常活動は国によって保証され、他方思い切って斬新な試みも許されるという方式を確立することができれば、独立行政法人化も、博物館、美術館にとって、新たな飛躍の契機となるに違いない。
                     (美術史家・美術評論家)


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