独行法反対首都圏ネットワーク

福井大学教育地域科学部教授会の見解
(2000.10.2  [reform:03170] 福井大学教育地域科学部教授会の見解)

福井大学の森です。
今回はウイルスの問題で大変にご迷惑をおかけしました。以下の教授会「見解」をお送りいたします。よろしくご検討をお願いします。大変に遅くなりましたことをお詫びします。



           見解をまとめるにあたって
     
             2000年9月14日 福井大学教育地域科学部教授会

 戦後50年を過ぎ、いま日本の教育のあり方が大きく変化しようとしている。社会状況や産業構造の急激な変化、あるいは、学校をめぐる学級崩壊、いじめ、不登校、校内暴力、学力低下等の教育問題や、学校にとどまらず現代社会を揺るがす「社会問題」と化している少年の自殺、殺人事件等の問題は、いずれも学校教育及び教師教育の抜本的な改革を求めている。
文部省はこれらの問題に加えて少子化による教員需要の低下問題を含め、長期的観点に立った教員養成系学部の果す役割やその組織・体制のあり方について指針を得るべく、2000年8月に「国立の教員養成系大学・学部の在り方に関する懇談会」を発足させ、来春ないしは来夏には基本的な考えをまとめるという。一方、日本教育大学協会独立行政法人化問題検討特別委員会も、「21世紀の教育系大学・学部の在り方」としてまとめ、改革のための方針を公表しようとしている。これらの動きに呼応し、一部のマスコミを通して、一定の方向への誘導をも意図するかのような教員養成系学部の再編・統廃合報道が行われている。
このような状況下にあって、教員養成を担う学部は、当事者としての真価がいま問われている。教員養成を担う学部は、「一府県一教育学部・大学の原則」に立って、惑わず地域に耳を傾け、地域との連携の中で具体的に何をなすべきか方針を公表し、地域に問うていくことが求められており、また、それをすることが責務である。ややもすると単なる財政問題、あるいは、短絡的な対症療法的政策になりがちな教育改革を、地域の学校と大学と行政が協同して進める地域ネットワークの課題として位置づけ、そして、教育に関連する職業人の生涯学習機関、つまりは開かれた大学として提起していくことが、地域における教員養成系学部の使命である。
福井大学教育地域科学部は、地域に根ざした教師教育のあり方をここに明らかにし、改革の一層の努力を決意するとともに、多くの教員養成系学部・大学に訴えるものである。

地域の教育改革を支える教育系学部・大学院における教師教育のあり方

     福井大学教育地域科学部教授会 見解
                          
                      2000年9月14日

はじめに
■ 21世紀の教育 その基本的方向
(1)生涯学習と高等教育
(2)学校改革と学習の質の転換
■ 教師教育改革をめぐる議論の展開
■ 学校改革のための学校・大学・地域の連携

要旨
21世紀には、より質の高い学習の機会を生涯にわたってすべての人に保障する社会の実現が求められている。学校教育の改革と開かれた高等教育の実現はそのための不可欠な条件であり、大学における教師教育改革は両者をつなぐ重要な環をなしている。
 とりわけ、現在の教育が直面している問題を打開し、ゆたかで質の高い学び合う共同体としての学校を実現していくことが強く求められている。この教育改革の実現のためには、学校・行政・地域・大学が手を携え、共同で探究し実践していくことが不可欠となる。教育系学部・大学院は、地域における学校改革のための取り組みに参画し、教師の実践的な力量形成を支え、そのネットワークの拠点としての役割を果たしていくことが求められる。
 戦後、「一府県一教育大学・学部の原則」に立って設置された教育系学部・大学は、21世紀に向けて、地域に開かれたゆたかな生涯学習を実現し、地域の教育改革実現のために、学校と行政・地域と連携し、さらにきめ細かな地域ネットワークの拠点としての役割を発展させていくことが求められている。
 これらの役割を果たしていくことは、地域にねざした教育改革を実現していくために、教育系学部・大学院が果たすべき責務である。

 はじめに
 21世紀には、より質の高い学習の機会を生涯にわたってすべての人に保障する社会の実現がのぞまれている。学校教育の改革と開かれた高等教育の実現はそのための不可欠な条件であり、大学における教師教育改革は両者をつなぐ重要な環をなしている。国立大学の教員養成系学部は、戦後、教員養成と地域の学問・文化の拠点としての役割を担ってきたが、その蓄積をふまえながら、21世紀の教育の実現のためにさらに新しい機能をも担っていくことが求められている。
 教員養成・教師教育を担う学部・大学院の組織・体制の改革は、これからの我が国の教育の方向性を大きく左右するものとなる。教師教育の改革については、すでに教育職員養成審議会が三度にわたる答申を示し、また日本教育大学協会においても答申がまとめられてきている。そうした中で独立行政法人化の問題とも関わって、文部省の「国立の教員養成系大学・学部の在り方に関する懇談会」において組織・体制に関わる論議もはじまり、21世紀にむけての教育系学部・大学院のあり方に関する議論は重大な岐路にさしかかっている。この時期にあたって、福井大学教育地域科学部教授会は、地域に深く根ざした教育系学部・大学院の21世紀における新しい役割について、基本的な見解を明らかにする。

■ 21世紀の教育 その基本的方向
(1)生涯学習と高等教育
 21世紀を目前に控えた現在、各国の、また国際機関による教育改革案が相次いで提示されてきている。そこに共通していることは、生涯にわたって、より質の高い学習の機会をすべての人に保障することが、次の時代の社会にとって実現すべき課題、というより不可欠な基礎条件であるという認識である。
 たとえば、「ユネスコ高等教育世界宣言 21世紀の高等教育 展望と行動」(1998.10)では教育を次のように位置づけている。
 「教育は、人権、民主主義、持続可能な開発および平和のための基本的な柱であり、したがって生涯を通じてすべての人が利用できるべきであり、さまざまな部門、特に一般的、技術的、および専門的な中等教育と高等教育の全体およびそれらの間で、さらに総合大学、単科大学および技術訓練施設の全体およびそれらの間で、調整と協力を保証するための手段が必要である。」
 また、ケルンサミットで採択された「ケルン憲章−生涯学習の目的と希望−」(1999.7)では、その前文で次のように述べている。
 「来世紀は柔軟性と変化の世紀と定義されるであろう。すなわち、流動性への要請がかつてないほどに高まるだろう。今日、パスポートとチケットにより人々は世界中どこへでも旅することができる。将来には、流動性へのパスポートは、教育と生涯学習となるであろう。この流動性のためのパスポートは、すべての人々に提供されなければならない。」
 すべての人に生涯にわたるより質の高い学習を保障する課題を教育改革の基礎に据えることは、日本においてもこの間の改革の一連の答申を貫く視点として明確に提起されている。98年の大学審議会答申は次のように述べている。「社会人が必要に応じて高等教育機関において学習を行いその成果をもって更に活躍するという、高等教育機関と産業界等との往復型社会へ大きく転換して行くと考えられる。」「さらに高齢化の進展や、国民一人一人が物質的豊かさから次第にゆとりや心の豊かさなど多様な価値や自己実現を求めるようになっていることなどを背景として、今後一層生涯学習の需要は高まり、高等教育機関は、幅広い年齢層の人々の知的探求心にこたえて必要なときにいつでも学習できる、より開かれた場となることが求められていく。」 こうした課題を地域において実現していくために、幅広い学問・文化の専門家を擁する教育系学部・大学院は、それをより広く地域に、そして生涯学習へと開いていくことが求められる。そしてまた、学校教育と併せて、生涯にわたる学習を支える広い意味での教育専門職を養成していくことが必要となってきている。

(2)学校改革と学習の質の転換
 21世紀にむけての教育改革のもう一つの、そしてより困難な課題は、現在の学校が直面している問題を打開し、よりゆたかな、また質の高い、学び合う共同体として学校を再生していくことである。1960年代後半以降、自殺・校内暴力・いじめ・不登校・ひきこもり、体罰・管理教育、そして最近のショッキングな事件、学級崩壊・学力の低下問題に至るまで、さまざまな事件と問題を通じて、学校自体が「社会問題」として取りざたされてきた。そしてそのつど、学校改革の必要性が訴えられ続けてきた。しかし個々の事件によって高まる改革への社会的な関心は、個々の問題への対応に傾き、それへの対処を引き出して収束することを繰り返している。より根本的な学習・学校の組み立て直しへの議論は進まず、結果として歪みを生みだしている構造は温存され、問題は現れ方を変えて反復されて
いる。
 19世紀から20世紀にかけて、自由で平等な教育の実現を理念にかかげて出発した国民教育制度は、国民規模の共通教育を実現するために、多人数伝達型の学習を国レベルで統一的に組織化する形で進められてきた。多人数の子どもたちに共通の教科書を通して知識を伝え、その習得の度合いを筆記試験によって評価するという形の学習がそこでは日常化されていく。教師は時には50人を大きく超える
ような多人数の子どもたちの活動を秩序づける役割を負わされてきた。諸々の教育の条件が整わない段階、国民教育の拡大に教師の養成がともなわない制度化の初期段階では、こうした形態は避けがたいことであったかもしれない。しかし、その後の教育の普及、教師教育の拡充、経済発展、そしてよりゆたかになった文化とコミュニケーションの展開を実現しつつある現代にあっても学校での学習様式はその初期の形から基本的に変わっていない。その様式は、制度的に規定され、世代を超えて反復されることによって、個々の力では変えがたい伝統と化している。そのことによって、改革へのさまざまな努力にも関わらず、時代の展開と学校の学習の様態との溝は広がり続けている。学校を多人数伝達型の学習の伝統から解き放ち、ひとりひとりの主体的な探求とその分かち合いの場、そして知的な共同活動が展開される学び合う共同体へと再構築していくことが求められている。
「生きる力」「自ら学び自ら考える教育」の実現を掲げる中央教育審議会「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)」(1996.7)、そしてそれを受けた教育課程審議会答申(1998.7)は、基本的にそうした方向を提起しているものと受け止めることができる。
 教育課程審議会ではそうした学習の転換を次のように述べている。
 「これまでの知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から、自ら学び自ら考える教育へと、基調の転換を図り、子どもたちの個性を生かしながら、学び方や問題解決などの能力の育成を重視するとともに、実生活との関連を図った体験的な学習や問題解決的な学習にじっくりとゆとりをもって取り組むことが重要である。」
 そして、そうした学びの転換を実現するために、各学校が創意工夫を生かし特色ある教育、特色ある学校づくりを進めることができるよう、教育行政における地方分権と学校裁量権の拡大という方向が打ち出されている。
 しかし、学校における現在までの学習の基本様式は、この百年あまりの間に社会に根づき、伝統的秩序となってしまっているだけに、それを再構築していくことには大きな困難をともなう。学校での学習の共通前提となっている基本的パターンを改革するためには、関係する多くの当事者が話し合い、より充実した学びのあり方を探求し、再編成のためにそれぞれの持ち場で連携して取り組んでいくことが不可欠の条件となる。教師集団・子どもたち・保護者、地域、学校の条件整備を担う教育行政、さらに教員養成・教育研究に責任を担う大学の間で、改革のための共同研究・協働の実践が展開できるかどうかが鍵となる。その中で教育系学部・大学院がどのような役割を果たしていけるかが問われている。
■ 教師教育改革をめぐる議論の展開
 三次にわたる教育職員養成審議会答申(1997-1999)では、「今後それぞれの学校の自主性・自律性が重要になり,子どもたち一人一人の個性が重視されるようになるとき,教員の果たすべき役割は,これまでのそれとは比べものにならないほど重要なものとならざるを得ない」とし「改善方策」が提起されている。
 「教員に求められる資質能力と教職課程の役割」については、「教員に対する社会的要請と教職課程の教育内容の実態との乖離」「免許制度の画一性・硬直性」等の問題が指摘され、「地球的視野」「変化の時代を生きる」「実践的指導力につながる資質能力」の養成が課題であるとしている(第一次答申,1997.7)。またとりわけ「現職教員の再教育の推進」ついて「修士課程を積極的に活用した養成の在り方」が提起され(第二次答申,1998.10)、「養成と採用・研修との連携の円滑化」については「大学と教育委員会」「附属学校」「現職教員」との「連携」「交流」・「教育実践に関する研究会等の組織化」等の課題が示されている(第三次答申,1999.12)。
 また、日本教育大学協会独立行政法人化問題検討特別委員会「21世紀の教育系大学・学部の在り方」(2000.7)では、「バランスのとれた教育プロフェッショナルの育成」とそのための「現職教育」のあり方、「地域に根ざした教員養成」、附属学校の「教員養成機能と実験学校機能」、「教育系大学・学部の特色を生かした新課程」のあり方などの諸点を21世紀に向けての「将来像」として提起している。とりわけ「地域に根ざした教員養成」に関しては次のような指摘がなされている。
 「これまでの国立の教育系大学・学部の地域文化への貢献は大きく、地方と中央の教育的格差をなくし、均質な社会を作り上げてきた。他方、各地域の特性を活かした教員が養成され、養成された教員がその地域に配置されてきた。また、地域における教育系大学・学部の存在が、さまざまな理由で地元に残りたい、残らざるを得ないと考えている良質な高校生層に希望や生きる拠りどころを与えてきた。
このような実績を踏まえ、各地域の教育水準を維持・向上させるには、また、各地域の特色を生かした教育の実践のためには、これまでにも増して、地域に根ざした教員養成が追求されなければならない。教育委員会等地域諸機関との相互連携をますます緊密にして、さらに教員の養成・研修を充実させ、教員の資質を向上させることを目指すべきである。 教員養成を担う各高等教育研究機関は、個々別々に教育研究をすすめるのではなく、総合的な見地に立って課題の策定と解決を図ることが必要である。こうした方向をリードするために、教育系大学・学部は、その知的蓄積と実績を土台にして、教職に関する地域の総合センターとしての役割を果たすことが期待され、そのためにも、現行のように、各地域に教育系大学・学部を設置することは、国策として必須の責務である。」
 またこの報告では教育系学部と「地域社会との連携」に関わって「教育委員会や教育研究所、地域諸学校との関係を構築し、地域に根ざした教育研究活動を追究する必要がある」とした上で、さらに次のように述べている。
 「教育は、常に地域的課題を持つ。子どもが地域、家庭、学校で育つことが、改めて強調されなければならないが、子どもの健全な成長のために、この3者間の緊密な連携が非常に重要な役割を果たす。従って、家庭教育が分かり地域の教育が分かる学校教員の養成が求められ、その期待に応える教員養成のためにも、地域との連携・協力は不可欠である。教員の養成、採用、研修も常にその背景に地域性を有しており、各府県に国立大学の教員養成大学・学部を配する根拠はそこにある。地域的課題については、大学・学部、教育委員会、地域の諸学校や地域社会が一体となって取り組むことによって、困難な問題を解決することができる。」
 戦後、教育系学部は、「一府県一教育大学・学部の原則」にたって設置され、幅広い専門領域と教育研究の双方を基盤とした教員養成の専門機関としての役割を担うとともに、地域の学問・文化の拠点、地域における高等教育の機会保障という役割も果たしてきている。そうした役割をふまえつつ、さらに地域的課題、学校改革実現のための「教職に関する地域の総合センターとしての役割」を果たすことが求められている。報告では、そうした意味で「各地域に教育系大学・学部を設置することは、国策として必須の責務である」と述べているが、公教育がもっとも公共性の高い制度のひとつであることを考えるなら、その公教育の改革を支える教育研究基盤としての教育系学部・大学院を存続し、さらに充実発展させていくことに国は責任を持たねばならない。
 教師の生涯にわたる力量形成を支え、また教育の実践的諸課題に取り組み、学校改革を実現していくために、教育系学部・大学院が、学校・地域とより密接で日常的な往還、ひいては恒常的な協力関係・共同研究体制を実現していくことが必要となる。「地域に根ざした」教育系学部・大学院のあり方、「教職に関する地域の総合センターとしての役割」の実質、そしてその実現のへ展望が問われることになる。

■ 学校改革のための学校・大学・地域の連携
 「教職に関する地域の総合センター」、さらに地域の教育改革を支える拠点としての機能を果たしていくためには、それにふさわしい新しい教育研究組織の実現が必要となる。実践と研究の乖離という問題を克服することなしにはそうした機能は果たし得ない。求められているのは、学校・行政・地域が相互に密な関係を編んで行く中、それに大学も関わり、継続的で相互的交流を実現する関係・システムを創造することである。
 大学・学部とその地域の諸学校が学校改革のための実践と研究のためのパートナーシップを結び、その共同の実践と研究を通して教師の実践的な力量形成を実現していこうとする取り組みが、1980年代後半からのアメリカの教師教育改革において本格的に展開されてきている。大学と学校、そして教育行政が密接な協力関係をむすび、学校における教師と大学スタッフとの共同研究と実践を通して、現場での教師の実践的力量形成を実現していくことをめざす改革の拠点学校(Professional Development School「教職専門形成校」)と、その地域ネットワークの取り組みが進んできている。
 (Professional Development Schoolとは、大学と提携-共同して、学校改革・授業改革のための研究と実践を進め、その営みを通して教師の新しい力量形成の場となることをめざす学校。大学と地域の小学校・中学校・高校が提携を結んでこの取り組みを進めており、地域ごと大学ごとに,例えばWayne StateUniversity Partnership, University of Dayton Professional Development
School Network, Pittsburgh School District University Collaborativeといっ
た、提携する諸学校と大学・教育行政とのネットワーク・協議会が構成されている。)
 学校と大学との共同研究―共同の改革を基軸とする教師教育においては、実践と理論、学校と大学の関係をめぐる根本的な枠組みの転換がみられる。大学から学校へ、理論・研究から実践へというこれまでの考え方とは異なり、学校における改革のための実践と研究が起点となる。現職の教師集団と大学の研究者・大学院・学部の学生とが共同して学習づくり・学校づくりに取り組んでいくことが起点となる。その学校の直面している課題をテーマに据え、学校と大学とが協力し、熟慮し研究しながら新しい学習を生み出していく。その歩みを常に省察し再構成していく。その中で教師の「省察的実践者」としての力量が培われ、新しい世代の教師が育ち、また実践を支える研究が深められていく。その成果は地域的ネットワーク・全国的なネットワークを通して共有されていく。また学校との共同の取り組みを通して大学のあり方がさらに問われ、自己改革が促されていく。アメリカにおける教師教育改革は、こうした転換(reflective turn)、そしてその具体化としてのPDSとそのネットワークの展開によって大きく動き出している。
学校改革の実績とともに、それに関わる当事者の視点からの事例研究が蓄積され、その蓄積がまた、小学校低学年からの18人学級の実現や、より質の高い教師を育てる政策の重点化という連邦レベルでの具体的な教育政策の展開を引き出してきているともいえるだろう。
 戦後日本においても、教育系学部・大学院と学校との実践的・研究的な共同関係を形成しようとする努力が重ねられてきている。また附属学校との共同研究も、その重要性が指摘され、積み重ねをもってきている。そして学校における共同研究は、戦前からの蓄積もありアメリカよりもはるかに厚く存在している。ややもすれば分散的だったこうした取り組みの蓄積を、より組織的・恒常的な共同研究とそのネットワークとして拡大・発展させていくことが、教育改革という重い課題にとっては不可欠となる。教育研究、教育の内容と方法、それを支えるさまざまな専門分野の専門家を擁する教育系学部・大学院が、そうしたネットワーク、地域・学校・行政との共同の研究と実践の拠点、そして教師の生涯にわたる力量形成を支える開かれた拠点となることが求められている。

地域における教育系学部・大学院は、地域に開かれた生涯にわたる学問・文化活動の拠点として、生涯学習の担い手をも含む教育専門職養成の機関として、そして生涯にわたる教師の力量形成を支え学校改革を実現するための地域共同ネットワークの拠点としての役割を果たしていかねばならない。これは、21世紀の教育を実現していくために、我々が果たすべき責務である。


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