東京大学の設置形態に関する検討会報告

平成12年1月7日
東京大学の設置形態に関する検討会
座 長 青 山 善 充

1 東京大学の設置形態に関する検討会の任務

 「東京大学の設置形態に関する検討会」 (以下、「検討会」という。)は、昨平成11年7月1日、総長の下にその諮問機関として設置された。
 設置の目的は、平成11年4月27日の中央省庁等改革推進本部決定「中央省庁等改革の推進に関する方針」 (以下、「方針」という。)が「国立大学の独立行政法人化については、大学の自主性を尊重しつつ、大学改革の一環として検討し、平成15年までに結論を得る。」との方針を打ち出したこと、また、文部省が同年6月17日、この問題について「各大学における改革の状況を見つつ、教育研究の質の向上を図る観点に立って、できる限り速やかに検討を行ってまいりたい。」(国立大学長会議における有馬文部大臣の挨拶)と言明したことを受けて、東京大学としてこの問題を検討し、事態に適切に対処するためであった。検討会に与えられた任務は、したがって、東京大学の設置形態はいかにあるべきかを調査研究し、これを総長に報告することである。
 なお、「東京大学の経営に関する懇談会」 (以下、「東経懇」という。)の「中間報告」(平成11年6月7日評議会に提出)では、独立行政法人制度について、いくつかの限定を付したうえで「東京大学の直面する制約を克服する組織体制の一つのあり方としては検討に値する」と述べられた。しかし、その後に本検討会が設置されたために、東経懇の「最終報告」(同年10月19日評議会に提出)では、それ以上踏み込んだ検討は行われず、この問題は挙げて本検討会に委ねられた。
 検討会は、上記の任務を達成するため、その下に、 「理想形態WG」と「比較検討WG」という二つの作業部会を設けた。前者の任務は、当面の独立行政法人化の問題から離れて、 「大学の目的である研究・教育の高度化・活性化の観点からみて、理想的な組織・運営はどうか」を検討することであり、後者の任務は、提案されている独立行政法人のスキームを直視して、「東京大学が国立大学であり続けることと独立行政法人に移行することのメリット・デメリットは何か」を多面的に比較することである。

2 二つの作業部会における検討

 (1)理想形態WGにおける検討

 理想形態WGは、理想的な大学像とは恒常的に理想を求め自らを改革できる組織と運営である、との基本的視点から、組織、教育、研究、管理運営、財政等の面において、従来の考え方の限界や東京大学が現在抱えている問題点を剔抉し、新たな考え方や理想的な制度のあり方を精力的かつ奔放に論じた。
 たとえば、大学の自治における「自由のための自治」から「貢献する自治」への概念、新たな教育及び研究の理念、組織の「拡大・恒常性」志向の抑制と総合性を発揮する組織メカニズムの充実、国立大学の使命と理想的財政のあり方、「階層的自治」と「自動的改革」の仕組みに関するアイデアの提唱、等がそれであり、それらは、部分的に先の東経懇の「最終報告」の提言を一歩押し進める内容を含んでいる。
 その「まとめ」において、理想形態WGは、大学を独立の法人にするという考え方は、行財政改革の一環としての文脈を離れて言えば、検討に値するものであり、さらに大学の学術研究や高等教育が決して行政活動ではないことからすれば、国立大学が憲法によって保障される自治のユニットとしての「自治体」になることは、むしろ本来的である、と結論づけている(添付資料1)。

 (2)比較検討WGにおける検討

 比較検討WGは、当初「独立行政法人通則法」(平成11年7月16日、法律第103号。以下、「通則法」という。)のスキームについて検討し、通則法の想定する独立行政法人制度は、定型化された業務について短期間で効率を評価しようとするもので、大学には相応しくなく、そのままの形で国立大学に適用することはあらゆる点からみて不可能であるとする、東京大学の従来の態度(平成9年10月17日及び平成11年8月11日総長記者会見)を確認した。
 しかるに、その後9月7日に、国立大学協会第1常置委員会が「国立大学と独立行政法人化問題について(中間報告)」(以下、「国大協中間報告」という。)なる文章をまとめ、文部省が9月20日にその内容をほぼそのまま受け入れる形で「国立大学の独立行政法人化の検討の方向」(以下、「検討の方向」という。)を提示したことにより、事態は新たな局面に入り、比較検討WGの作業も、この「検討の方向」の各項目について逐一検討することに移った。
 しかし、「検討の方向」は、随所に通則法の特例措置を設けることを「検討する」としているが、その具体的内容及び実現可能性は不透明であり、その検討自体がきわめて困難であった。
 そのため、比較検討WGとしては、「検討の方向」で示されている組織、中期目標・中期計画、評価、人事、財務等、重要な項目について、ほぼ網羅的に問題点の指摘を行ったものの、東京大学としてこれに対してとるべき態度について確定的な結論を出すに至らなかった(添付資料2)。

3 検討会における検討の結果

 二つの作業部会における以上の検討を踏まえ、これと並行して検討会として行った検討の結果を、その権限を与えられた座長の責任でとりまとめれば、次の通りである。

 (1)国立大学の機能・役割

 国立大学は、これまで、巨大プロジェクトや基礎分野を含む学術研究の水準を高め、高等教育における機会均等を全国的レベルで保障し、また、地域における学術科学の中心としてその活性化に寄与する等、きわめて重要な機能を営んできた。とくに、東京大学が明治以来、総合教育研究大学として果たしてきた役割は、きわめて大きい。
 しかしながら、東京大学の長い歴史の中で、大学自治における自由と責任の関係が曖昧になったこと、教育研究組織の肥大化の一途を辿ったこと、後にも述べるように国立大学に加えられている現行法制上、財政上の制約が大きいこと等により、教育研究上種々の閉塞性、施設の老朽・狭隘化、研究費の慢性的不足等、多くの課題を抱えるに至っていることは、すでに東経懇「最終報告」でも指摘されているところである。また、国立大学、なかんずくその経営や教育に対して、現在外部から様々な批判が加えられていることも、周知のとおりである。
 これらの指摘や批判を真摯に受け止め、大学が自らの意思で果敢に自己改革を果たし、その機能や役割を21世紀においても十全に発揮し続けることは、社会に対する国立大学の責務であり、設置形態を議論する以前の問題である。

 (2)法人格の取得

 国立大学は、国家行政組織上、現在のところ文部省の本省に置かれた一組織であり(文部省設置法8条)、その組織、教職員の定員、人事、管理運営、予算・会計、財務の細部に至るまですべて、国立学校設置法を初めとする諸法令によっていわば雁字搦めに規制されており、このことが柔軟な大学経営や教育研究の高度化・活性化の阻害要囚になっている面があることは否定しえない。また、教職員は公務員としてその身分が保障されている反面、社会的活動が著しく制約されている面もある。
 その意味から言えば、諸外国の大学の多くがそうであるように、日本の国立大学も国から独立した法人格を持ち、その自主性・自律性を増すこと自体は、問題とするに足らず、むしろ望ましいことである。このことは、吉川弘之前総長がすでにその方向性を示唆したとおりであり(東京大学現状と課題2[平成8年])、理想形態WGにおいても、それが本来的である、と評価しているところである。

 (3)通則法による独立行政法人

 問題は、通則法の下での独立行政法人の可否である。独立行政法人という制度は、もともと行財政改革の一環として、具体的には国家行政組織をスリム化するために、行政における企画立案機能と実施機能とを分離し、本省が前者を、外局や独立行政法人が後者を担当することとして、それぞれの機能の高度化・効率化を図るところにその狙いがある。行財政改革が、現下の日本社会の状況からみて、きわめて重要な課題であることを理解することに吝かではないが、大学における教育研究は、長期的展望に立って自ら企画立案して行うものであるから、残念ながら、この構想は大学には馴染まないものである。
 したがって、すでに独立行政法人への移行が決定された多くの機関のように、国立大学を通則法そのままの形での独立行政法人にすることは不可能であり、いかなるものであれ、そのような試みには、東京大学として断固反対せざるをえない。これが東京大学の従来からの態度であり、比較検討WGでも、この基本的態度を確認したところである。

 (4)「検討の方向」に対する対応の仕方

 これに対して、文部省の平成11年9月20日の「検討の方向」は、同年9月7日の国大協中間報告を受けて、通則法そのままでなく、通則法に対していくつかの重要な特例措置を盛り込んだ法律の制定を示唆し、各国立大学に対して、これに対する速やかな態度決定を迫っている。
 これに対する東京大学の対応の仕方としては、理論的には、次の三つに大別できよう。
 第1は、「検討の方向」について検討すること自体を拒否し、当面従来のままの国立大学であり続けることを主張することである。
 第2は、結論はともあれ、「検討の方向」を検討の俎上に乗せ、その不明確な部分の明確化を求めつつ、さらに時間をかけて立ち入った検討をすることである。
 第3は、「検討の方向」を拒否し、通則法とはまったく異なるスキームで国立大学が法人格を取得する方途、いわゆる「第3の道」を模索すること、である。
 このうち、東京大学がとるべき対応は、現時点においては、第2であるべきだと考える。その理由は、@もし「検討の方向」が一顧の価値もないものであれば、第1の態度をとるべきことは言うまでもないが、「検討の方向」は、前述のように国大協中間報告の骨子を受け入れ、一応検討に値する内容を備えていると考えられること、A第3の道を模索する場合には、その制度の設計責任をすべて大学側が負うことになるが、現在の情勢では時間的に困難であるばかりでなく、仮に可能であったとしても、その制度による国立大学の法人と私立大学の学校法人との区別が曖昧にならざるをえないこと、である。

 (5)東京大学の基本的姿勢

 「検討の方向」についてさらに立ち入った検討をするとして、その際の東京大学のあるべき基本的姿勢について述べれば、次のとおりである。
 第1に、「検討の方向」について検討を行うことは、東京大学が独立行政法人化を受け入れることを意味するものではない。検討することの意味は、果たして「検討の方向」が、東京大学が当面する多くの課題(上記(1)(2)参照)の解決に繋がるものか否か、換言すれば、東京大学の自主性・自律性を確保しながら、その使命である高等教育、学術研究の高度化・活性化を図ることを可能にするものであるか否かを、冷静に見極めようとするものである。
 したがって、その検討の結果、もし独立行政法人への移行が、大学の自主性・自律性を阻害し、教育研究の高度化・活性化に益するところがないことが判明したときは、東京大学が独立行政法人へ移行することはありえない。このことをまず明確にしておく必要がある。
 第2に、国立大学を独立行政法人化するために文部省が今後立案するであろう法律は、単に通則法の間隙を埋めるだけの「個別法」 (通則法1条)であってはならない。独立行政法人というスキームが国家行政における企画立案機能から切り離されたその実施機能を担う組織・機関を念頭に置いたものであり、国立大学はそのようなものではないことは、上記(3)のとおりである。したがって、制定される法律は、大学の自主性・自律性の確保、教育研究の高度化・活性化の促進の観点から、通則法の規定に優先する規定を含む、いわゆる「特例法」であるべきである。
 なお、その特例法の名称及びそれによって法人化される国立大学の名称の中に「行政」の文字を入れることは、適当でないと考える。すでに独立行政法人化した機関の場合には、すべてその個別法及び機関の名称に「独立行政法人」の文字を冠しているが、大学の本来の使命である教育や研究は、通常の意味での「行政」ではなく、むしろ政治や行政から独立したところに「学問の自由」(憲法23条)があるのであるから、事の本質を明らかにするためにも、少なくとも大学の名称に「行政」の文字を冠すべきではない。
 第3に、東京大学が独立行政法人に移行するとしても、大学の自主性・自律性が損なわれることがあってはならない。
 「検討の方向」は、@従来の大学運営の実態を踏まえた経営と教学の一致、A主務大臣による中期日標の指示・中期計画の認可、主務省評価委員会による評価、さらに中期目標期間終了時における主務大臣による検討の際の、教育研究に係る事項についての「大学評価・学位授与機構」(仮称)の判断・評価の尊重、B学長の任免における大学のイニシアティブの尊重、C教員人事における教育公務員特例法の適用等、随所に大学の自主性・自律性に対する配慮を示している。
 この点を評価することを惜しむものではないが、なお不徹底である。たとえば、上記Aの、主務大臣が教育や研究について大学に対し中期目標を「指示」したり、中期計画を「認可」すること自体が、その過程に大学の事前の意見聴取や「大学評価・学位授与機構」(仮称)の関与を組み込んだとしても、なお憲法23条に抵触するのではないか、との疑いを完全には払拭しえない。公財政支出に支えられる国立大学に対する国としての行政的チェックが必要なことは言うまでもないが、そのチェックとしての中期目標の指示や中期計画の認可は、教育研究に関する事項を除外した範囲で行われるべきであろう。
 なお、東京大学としての自主性・自律性を強調することは、改めて言うまでもなくその反面として自己責任、説明責任を自ら引き受けることを意味する。
 第4に、独立行政法人への移行は、これによって教育研究の高度化・活性化が図られることが必要条件である。そのためには、現行の国立大学の教官の服務に関する硬直的な規定や、予算・会計等、財政運用を過度に厳しく規制している諸法令を見直す一方、これまで国立学校特別会計が果たしてきた役割に鑑み、その制度ないし利点を最大限維持する方策を講ずる必要があろう。
 なお、21世紀の日本の学術研究及び高等教育の将来を展望した場合、国公私立を問わず、高等教育全体に対する公財政支出を先進諸外国並みに引き上げるべきことは、国立大学の設置形態のいかんにかかわらず、国として喫緊の課題であることを付言する。
 第5に、東京大学としては、文部省が「検討の方向」で「検討する」と約束している多くの事項についてその結果を、それによって必要となる法令の改廃の範囲・内容をも含めて、なるべく早期に明確にすることを、文部省に要求したい。それを明らかにすることは制度設計者たる文部省の責務であろうし、東京大学を初め各国立大学がその制度に乗ることの是非を判断する前提であるからである。とくに「検討の方向」の中で最も内容が不明確であるのは、財務に関する部分である。この点は、国立大学が仮に独立行政法人に移行した場合に、将来的に最も重要な問題であるだけに、東京大学としても強い関心を持たざるをえないところである。

4 今後の取扱い

 検討会は、東京大学の設置形態、なかんずく独立行政法人化の問題に関して、以上のとおり検討したので、これを総長に報告する。報告書の取扱いは、その公表の有無・時期・方法も含めて、総長に一任する。
 この問題の今後の取扱いは、すべて総長の判断によるが、あえて言えば、早期に全学的にこの問題を議論し、その意思を集約すること、文部省、中央省庁等改革推進本部(総務庁)、内閣法制局等における検討状況を常時把握し、必要に応じて東京大学としての意見を公に表明すること、が必要であると考える。

以上


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