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国立大学の独立行政法人化問題と全大教のとりくみ
/林 大樹(一橋大学社会学部教授)
(2000.2.5 [he-forum 584] 国立大学の独立行政法人化問題と全大教のとりくみ)
佐々木です。
国公労 調査時報に全大教中央執行委員 林大樹 一橋大学社会学部教授の「国立大学の独立行政法人化問題と全大教の取り組み」という文書が掲載されています。
先生に原文の送信を依頼しましたところ、次のコメント付きで原文をいただきました。
林先生のコメントです。
「ネットで取り上げていただけるとのことありがとうございます。原文をお送りします。ただし、この原文には校正の段階で数カ所手を入れました。最終的に刊行されたものが手許にないので、そこのチェックができません。そのことをお含みおきの上、活用していただければ幸いです。 2月4日 一橋大学社会学部 林大樹」
<ここから原文です。首都圏ネットにもアップします。>
国立大学の独立行政法人化問題と全大教のとりくみ
1 「改革」の時代の国立大学の実像
全大教(全国大学高専教職員組合)は、1989年10月29日に日本教職員組合の一専門部(大学部)から自立して結成され、1999年10月で10周年を迎えた。この間、日本の大学、高等教育には戦後3回目の大きな変動の波が押し寄せた。
1990年代の大学改革の奔流は象牙の塔と揶揄された大学の内実を大きく変貌させた。国立大学教職員は、大学設置基準の大綱化(結果的に教養部の解体をもたらした)、自己点検・評価システムの導入、大学教員任期制法案の可決・成立、教員養成課程の入学定員5000名削減計画の浮上、大学施設設備の老朽化問題の深刻化、留学生の増加と国際交流の進展、飛び入学制度の導入、「大学等における技術に関する研究成果等の民間事業者への移転促進法」(TLO法)公布、大学院重点化(部局化)など重要課題への対処に息つく間もなく追われてきた。かつての学園にはあり得た牧歌的な雰囲気はすでに失われて久しい。度々の入学試験制度改革、カリキュラム改革、新学部・新学科の創設、事務機構の再編統合など、大学改革への連続的な取り組みは「改革疲れ」を指摘されるまでに至っている。教員の多くは本務と考える教育、研究任務に比べてますます比重を増す行政的、管理的な労働の増大に悩み、事務職員は度重なる定員削減に四苦八苦しながら、高度化・複雑化する事務サービスの業務改善に取り組む中で、多忙化と過重労働に苦しんでいるのが昨今の実情である。そうした状況の中、現在の教授会自治を改革の障害とみなす「経営組織」的大学像の視点、評価と資源配分を結び付けて大学を再編・淘汰していく視点を基調とする『21世紀の大学像と今後の改革方策について?競争的環境の中で個性が輝く大学』と題する大学審議会の中間報告が98年6月に発表され、論議を呼んだ。この中間報告には
国立大学協会(国大協)や私たち全大教を含む大学関係団体から批判や意見が寄せられ、書き換えの末、同年10月に答申が文部大臣に提出されたのであるが、その答申の基調は6月の中間報告のそれから変わることはなかった(全大教中央執行委員会『高い理念をもった大学・高等教育の創造をめざして?大学審議会「答申」を批判する?』、1998年12月11日発表)。
2 国立大学の独立行政法人化問題の浮上
国立大学関係者間で大変よく知られる論文となった「国立大学と独立行政法人制度」(藤田宙靖東北大学法学部教授が1999年6月1日発行の『ジュリスト』第1156号に執筆)の指摘によれば、97年12月3日の行政改革会議の最終報告は「独立行政法人化は、大学改革方策の一つの選択肢となり得る可能性を有しているが、これについては、大学の自主性を尊重しつつ、研究・教育の質的向上を図るという長期的な視野に立った検討を行うベきである」としており、その時点では、国立大学の独立行政法人化問題は、緊急に結論を出すべきものとは考えられていなかった。ところが、その後、98年6月に中央省庁等改革基本法が成立し、同法に基づき設置された政府の中央省庁等改革推進本部がその作業を進める過程において、国立大学の独立行政法人化が行革の成果を左右する重要な要素の一つとして浮上したのだという。
行政改革国民会議がまとめた「この1年間の行革の歩み1998年度版」の新聞記事の切り抜き(独行法反対首都圏ネットワークで小沢弘明千葉大学文学部助教授が年表形式に資料化されている)を見ても、98年8月から11月頃にかけて、国立大学が独立行政法人制度の検討対象とされていることが、繰り返し登場する新聞記事の見出しからうかがえる。ただし、同時に文部省に限らず中央省庁側の抵抗も激しく、「『阻止!!』息巻く省庁側。『国立大』の文部、『職業紹介』の労働、『登記』の法務
」といった見出しも見られる。
私たち全大教の運動や国大協、文部省が独立行政法人反対という立場を堅持する中で、98年12月になると、「国立大学の独立行政法人化、2003年度まで結論先送り」の情勢に落ち着く。そして、このことは99年1月26日に中央省庁等改革推進本部で決定された中央省庁等改革推進大綱において、「国立大学の独立行政法人化については??平成15年度までに結論を得る」ことと明記され、さらにその後の4月27日閣議決定「中央省庁等改革の推進に関する方針」(以下、「方針」)でも確認されるに至ったのである。しかし、前掲藤田教授『ジュリスト』論文は次のように指摘する。「ところで、注意しなければならないのは、この『平成15年』という期限の明示にも拘わらず、現在の『方針』の内容を前提とする限り、現実には、それだけの余裕は与えられていない」。「実際にはおそらく、この問題は、平成12年中に、少なくともその本質的な部分についての解決がなされていなければならないことになる筈なのであって、それは、次の理由による。」として、平成13年度より、10年間で10パーセント減を目指しての削減の実施が開始される公務員の定員削減計画の対象から国立大学が外れるためには、平成12年の7月頃(平成13年度の概算要求時期)までに国立大学が独立行政法人化するという積極的な方向で結論を出す必要があるというのである。そして、このような藤田論文の主張が国立大学関係者に大きな影響を与えたのであった。
3 独立行政法人通則法に対する国立大学協会と文部省の姿勢
独立行政法人通則法案は、他の多数の省庁改革法律案とともに、中央省庁等改革関連法律案として99年4月28日に国会に提出され、7月8日に成立した。通則法は、独立行政法人の運営の基本その他の制度の基本となる共通の事項を定めるものであり、一方で、各独立行政法人の名称、目的、業務の範囲等に関する事項を定める法律(これが「個別法」と呼ばれる)が定められる必要がある。
さて、藤田教授の指摘に沿い、国立大学が公務員の定員削減計画の対象から外れようとして、独立行政法人化の方向を選択したとしても、通則法とその下に置かれる個別法の枠内で現在の国立大学を独立行政法人化することが不可能であることは文部省、国大協のほぼ一致した理解であった。
たとえば、国大協は、行政改革会議の最終報告提出以前の97年11月13日という早い時期にすでに、「現在論議されている独立行政法人は、定型化された業務について、短期間で効率を評価しようとするもので、個性的な教育と、自由闊達な研究を長期的視点から展開しようとする大学には、ふさわしいものではない。」という反対声明を出していたが、さらに99年9月7日に国大協第一常置委員会が提出した中間報告「国立大学と独立行政法人化問題について」の中でも、「国大協は、現時点においてもこの表明の撤回ないし変更を行ってはいない。少なくとも独立行政法人通則法のみを見る限りでは、撤回ないし変更する理由は見当たらないのである。」と述べている。
ただし、全国の国立大学長の団体である国大協を独法化反対の線で利害が一致し、意志の統一された一枚岩の集団として見ることはできないのであって、国大協の内部は独法化絶対反対派から条件付き容認派、さらには積極活用派まで幅広い意見が存在するものと考えられる。実際、前述の第一常置委員会中間報告では、一面では独法化の流れを回避できないものと認めながらも、「独立行政法人通則法をそのままの形で国立大学に適用することはきわめて困難であり、多くの問題を生じることは火を見るよりあきらかである」と押し返し、「独立行政法人制度に関する通則法の規定、とりわけ制度の基本設計にあたる部分(例えば、主務大臣による中期目標の指示、中期計画の作成と主務大臣の認可、主務省の評価委員会による業務実績評価、など)に対して必要な修正を盛り込んだ、いわば"通則法修正型"の立法」を求めるべきであると述べ、「大学の理念や特質に照らして通則法の特例を定める法律("大学独立行政法人特例法"、仮称)を制定するとか、あるいは、独立行政法人制度をそれとして規定する通則法とは別に、独立行政法人化の対象としての大学自身についてその理念や組織等を定める法律("国立大学法"または"国立大学法人法"、仮称)を制定」するなどの適切な立法措置がとられるべきであるといった条件付き容認派的な提案を行うに至っている。ただし、こうした提案についても、9月7日の国大協総会では、国大協メンバーの総意としてオーソライズされるには至らず、また、その後の経過を見ても、決して国大協内部の意見統一はなされていないことを指摘しておきたいと思う。
これに対して、文部省は明確にその方針を独法化容認に向けて転換したと見られる。99年9月20日に文部省が発表した「国立大学の独立行政法人化の検討の方向」と題する文書は、「国立大学を独立行政法人化する場合、国立大学の教育研究の特性を踏まえ、組織・運営・管理など独立行政法人制度全般についての特例措置等の検討を行う際の基本的な方向を整理したもの」であるが、端的に言って、文部省が国立大学の独立行政法人化の方向を受け入れ、一定の特例措置を講ずることによるいわゆる条件闘争路線を選択したことを明らかにするものであった。そして、文部省は、この「検討の方向」の公表を契機に、平成12年度のできるだけ早い時期までに特例措置等の具体的方向について結論を得たいという意向を示したのである。
4 国立大学の独立行政法人化政策の特徴と問題点
国立大学が独立行政法人化されることの問題点はどこにあるのか。その論点は多岐にわたるが、ここでは独立行政法人の制度設計の基本枠組みに絞って問題点を指摘しておくことにしたい。まさにこの点で「ボタンのかけ違い」があるがゆえに、多くの問題点が派生しているのである。すなわち、「最初のボタンをかけ違っているのだから、それを『特例措置』なるものによって『修正』しようとすればするほど矛盾が拡大するのは当然の帰結というほかはない。」(立山紘毅「国立大学の独立行政法人化?そ
の法的論点」『法学セミナー』1999年12月号)という私たちの認識の原点を明らかにしておくことにしたい。
藤田教授の発言を再度引用することとしたい。同教授は「『通則法』を大学に適用することが適当でないのは何故か」について、「それは、本来、執行部門に企画立案部門たる本省からの自由を与えることによって、業務の効率化を図ろうという目的のために設計されている、独立行政法人についての様々の制度が、国立大学の場合には、むしろ逆に、従来与えられている文部本省からの自立性を制約する結果となり、大学における教育・研究の遂行上望ましからぬ影響をもたらすおそれがある、というところにある。」と述べ、そうした独法化の逆効果の象徴的な例として、「法人の長の任命権を主務大臣が持つこと」「中期目標の指示・中期計画の認可等の手段による主務大臣の監督」「主務省及び総務省におかれる評価委員会による評価システム」のいわゆる三点セットを指摘されている(99年10月25日の九州大学との懇談会における講演記録から)。
国立大学は国家行政組織の機関の一つとしての側面をもつが、より重要な特徴は、憲法(第23条)が保障する学問の自由を、大学の自治を通じて擁護し、発展させる使命を帯びた共同体の側面をもつことである。したがって、文部省設置法が規定するように、文部省の権限は「大学、高等専門学校、研究機関その他の教育、学術又は文化に関する機関に対し、その運営に関して指導と助言を与えること。」(文部省設置法第6条第1項九)にとどまるのであり、「文部省は、その権限の行使に当って、法律に別段の定めがある場合を除いては、行政上及び運営上の監督を行わないものとする。」(同第6条第2項)とされてきているのである。こうした経緯を踏まえるならば、前述の三点セットに象徴される独立行政法人制度の基本枠組みの現実化は、文部省と国立大学の関係を「独立」という言葉からイメージされるものとは全く反対の方向に転換することにつながるのであり、大学に対する官僚統制を強化するという行政改革の理念にも反する結果を導くおそれが大きいと言わねばなるまい。
5 独立行政法人化反対のとりくみとその意義
99年8月以降、文部省や国大協内部での検討状況をリークした新聞記事が目立つようになり、国立大学の独立行政法人化の賛否についての論陣も張られるようになった。インターネットを活用した「独行法反対首都圏ネットワーク」のような先駆者的とりくみも生まれた。全大教も情勢の緊迫化を受け、単組に一層のとりくみの強化を訴えるに至った(8月25日、9月8日)。
9月17日から19日までの3日間、岩手大学を会場に開催された全大教第11回教職員研究集会は「国立大学の独立行政法人化への対応」を中心テーマに掲げたが、参加者は例年を上回る58大学・高専・大学共同利用機関等から290名に達した。この教研集会は直後の9月20日に予定されていた文部省の態度表明(前述の「国立大学の独立行政法人化の検討の方向」の公表)を控えて、一種異様な緊迫感に包まれた文字通り独立行政法人化反対集会となった。
9月20日の文部省発表と同時に、全大教は文部省の独立行政法人化反対の立場の変更をきびしく批判する「見解」を発するとともに、9月23日には臨時中央執行委員会を開き、独立行政法人化問題に対し、数年間の大闘争となることをみすえ、従来にない規模での総合的で全面的な反対のとりくみをおこなうことを意見統一した。99秋闘期における具体的なとりくみとしては、100万人署名をめざす文部大臣あて大規模署名運動の推進、チラシの連続的発行、のぼり、ポスターの発行やEメール等による大量で敏速な情宣活動、新聞紙面への「意見広告」アピール、「7つのQ&A」作成や実践的論点批判のための政策活動の強化などがあげられる。また、これらのとりくみと合わせ組織強化、組合員拡大を徹底して重視し、とりくみを進めている。さらに2000年春闘期においても、事態の進展をみすえつつ、効果的なとりくみを提起し、推進していきたいと思う。
私たちが持続的かつ全面的で総合的なとりくみが必要だと考えるのは、単に国立大学教職員の公務員身分や雇用の確保、勤務条件の維持のためだけではない。激動する現代の只中において、人類と社会が抱えるさまざまな問題に対して、その所在を示すのみならず、解決への道標をも指し示すという大学・高等教育の役割と責務(全大教第11回教職員研究集会基調報告)を自覚し、そのための発言を続け、行動責任を果たすことがより重要だと確信するからであり、こうした主体性、創造性の基盤を国立大学の独立行政法人化政策が突き崩すことに強い危機感をもつからである。こうした私たちの運動の理念と現状認識に対する多くの国民の理解と意見を得たいと願っている。