独行法反対首都圏ネットワーク

独立行政法人化の先行する国立研究機関の現場から
藤本 光一郎
(1999.12.26)

独立行政法人化の先行する国立研究機関の現場から

1.はじめに

 全国の86の国立研究機関等は2001年4月から独立行政法人化される。筆者の勤務する通商産業省工業技術院地質調査所もその一つである。筆者は研究機関の独立行政法人化に対して疑問を持っているが、この間に研究現場で見聞きし、個人的に感じたことを述べたいと思う。国立大学においても独立行政法人化の動きが活発化する中で、私たちの経験が少しでも参考になれば幸いと思う。なお、国立研究機関の独立行政法人化を批判的に論じた末尾の文献も合わせて参照されたい。
 地質調査所は約230名の研究者と100年以上の歴史を持つ国内で唯一とも言える国立の地球科学の総合研究機関であり、海域も含めて国土の基盤となる地質や金属、非金属、燃料,地熱などの地下資源の情報、地震火山をはじめとする地学現象に関係の深い自然災害などに関する調査研究を進めている。地質調査所(Geological Survey)に相当する機関は世界各国で120カ国以上にあり、相互に連携をとりあい国際的にも認知されている。しかしながら独立行政法人化とともに一つの独立した研究機関ではなくなり、工業技術院傘下の15研究所が全て合体して作られる新産業創出を主要な目的とする「独立行政法人産業技術総合研究所」という研究者2500名規模の大きな研究組織に含まれ、その中のいくつかの研究領域やセンターという形に分かれることがほぼ固まっている。なお、工業技術院自体も廃止され、その業務の一部は経済産業省に、一部は新法人に引き継がれる。このような再編は、工学的色彩の強い工業技術院の中にあって理学的色彩が強く、また、国内資源の動向などに伴って産業との直接的な関連が希薄になりつつある地質調査所にとって必ずしも整合的ではないものであったと言えよう。当初は様々な可能性が想定されるとともに独立行政法人化によるメリットなども言われ、研究者の間で支持する声もあったが次第にその雰囲気もうすれ、厳しい案を容認せざるを得ない方向へ収斂されていったのである。残念ながら今の状況は、組織を変えながら実質的にはいかに現在の研究活動や環境を維持するかという、いささかねじれた現象が起きていると言わざるをえない。そして、現在の研究所が廃止されるまで1年あまり、予算の要求などを考えると半年後には新体制がスタートするという今になっても、多くの職員にとって先行きが全くと言ってよいほど見えていない。以下、そのような状況を簡単に振り返りたい。

2.薄められた独立行政法人化のメリットと今までの経過

 独立行政法人化の動きが明らかになった2年前には、外部資金導入の活性化や予算運営の弾力化、定員削減の対象からはずれることなどのメリットが強調される一方、実質的な研究体制や環境は3年後や5年後とされる評価の年まではそれほど現状と変わらないとも言われていた。多くの研究者にとって、法人化されるかどうかよりは、研究費やマンパワーの確保の方が大きな関心事であり、宣伝されたメリットもあって反対の声はそれほど盛り上がらなかった。筆者自身も、国立機関か独立行政法人であるかはそれほど大きな問題ではないと思っていた。
 その時点においては、国立機関として残るか独立行政法人化するか、あるいは独立行政法人化する場合でも地質調査所で一つの独立行政法人になるのかそれとも別の形態をとるのか、通商産業省(省庁再編後は経済産業省)にとどまるのかそれとも他省庁に移るのかなど、いろいろなオプションが考えられたが、残念ながらそれらを充分に議論するような場も時間もなかった。さらに、工業技術院の研究所全体として一つの法人化という方針が次第に鮮明化したこともあり、先にも触れたように疑念や将来への不安を抱えながらも通産省の下での独立行政法人化を受け入れざるをえなかったのだろうと考えられる。
 一方、独立行政法人化へ向けて中堅クラスの研究者や事務職員をメンバ−に入れた工業技術院の全研究所横断的なワ−キンググル−プが作られ、そこを中心に全体の理念からはじまり細部を詰める議論が行われてきた。しかし、独立行政法人の骨格を決める通則法が決まり、中核的なワーキンググループでの議論内容が明らかになるにつれて、当初メリットとされていたことの実現が簡単ではないことが次第にはっきりしてきた。

 まず、財政面のメリットとされる外部資金導入であるが,行政目標の達成にとってプラスとならない資金は歓迎されない恐れがある.独立行政法人の最大の目的は主務大臣の定める中期目標達成にあるが、経済産業省の場合、その目標が産業技術課題になることが予想され、研究者が自主的に応募する科学技術庁関連等の予算などは本来の行政目的の中に改めて位置付けしなおさなければならないだろう。実際、行政官僚の中には現状の外部資金は多すぎ、それが本来の業務遂行に支障をきたしているという声すらあった。新法人においては、現在より厳しく定められた目標実現に対する専念義務が生じることが予想される。また、そのような目標や計画の設定や評価などのために、研究現場の上にかなり大きな戦略企画本部組織が作られる。
 また、複数年度にまたがる使用など予算の弾力的運用についても、詳しい検討状況はわからないが、それほど期待はできないと考えられる。出資金に比べてある程度融通のきくと言われている渡し切りの運営交付金の枠をなるべく増大させたいと言われているが、それは財務当局との交渉次第と言われている。特殊法人に対する補助金の場合、筆者の見聞きした範囲では予算を次年度に繰り越すことは明確な事情(たとえば災害や不可抗力な事故など)がある場合に限られ、余ったから翌年に残すということでは、計画の甘さを批判されるだけだろうという印象を持っている。アカウンタビリティーの点からも柔軟といっても自ずと限界があろう。
 定員削減からはずれるということについても事態はそれほど単純ではない。独立行政法人の定員は国会へ報告される事項であり、簡単に増やせるものではないと言われている。総数が増えることはよほどのことがない限り考えられず、研究所の執行部にとって内部での定員管理の枠がなくなるためにスクラップアンドビルドがやりやすくなるという話である。時流にのる研究はよいかもしれないが、地味な基礎研究や法人の目的にそぐわないと判断される研究にとって、スクラップされる危険性が高まる。地球科学は直接的に新産業の創出に結びつきにくいものであり、私たちは格好のスクラップの対象になるのではと危惧している。

 最初に紹介した地質調査所の果たすべき多様な課題に対して応えるためには、地質学、地球物理学、地球化学、資源工学などの様々なディシプリンを持つ人々の有機的な協力が必要である。現在の地質調査所の研究体制は、個人が所属する部をまたがって複数の研究グループに所属できることを可能とする柔軟な研究グループ制を軸に比較的よく機能している。従って、新しい組織においても現在のような一体性を存続させることを職員大多数の支持のもとに基本方針としてきた。しかし、他の研究所が全て解体再編する中で地質調査所が変わらないのは不公平で分野エゴであるという議論が地質調査所の外に出ると圧倒的に強く、それぞれの分野の固有性や特殊性などは乱暴な組織論の前にほとんど省みられなかった。運営で一体性を保持しようと現在でも様々な努力は払われているものの、地質調査所の一体性が脆弱化することは間違いない。

 また、この間の計画策定の進め方にもいくつかの疑問が感じられる。ワーキンググループでの議論は組織改革の理念や大枠、研究体制、研究支援、人事評価、財政、建物や施設など多岐に及んだが、一般職員レベルにおいては議論の時間や情報量に限界があり、闊達な議論が行われたとは言えなかった。また、議論はどのような法人組織を作るかという組織論に重点が置かれ、どのような研究をどのように進めるかという研究所の根幹に関る問題についての検討が充分になされていない。さらに、新しい組織の中身を廃止される組織で議論するのはおかしいという話もあり、今の組織が持つ必然性や合理性については省みられることが少なかった。ワーキンググループでの細かい議論の過程は公開されていないが、参加者や研究分野によって様々な意見が出されたものの、最終的なとりまとめの方向は行政官僚の主導であったとも伝えられている。もちろんワーキンググループに参画した人たちの貴重な努力や誠意は評価するべきであるし、限られた時間で物事を決めるためにやむをえない事情もあるとは思うが、研究者の声を充分に聞いたという体裁を整えるために機能したという側面も否定できないと思われる。

3.終わりに

 以上述べたように、当初言われていたメリットの実現が危うくなっている。独立行政法人化が、国家財政の危機や新自由主義的な小さな政府論にのったものであり、最も緊急に改革が必要とされた政府機関でないものを対象としたことがそもそも最大のねじれの原因であることは論を待たない。しかし、それだからといって、現状を守れというだけでは事態は打開できないことも確かである。それは,今回の独立行政法人化を新産業の創生や財政危機の回避に結びつく方向への科学技術研究の体制作りに利用しようという行政や財界側の思惑が見られ、またもう一方において現状維持では国民の理解が得ることが難しいからである。さらに、現在の国立研究機関がそのポテンシャルを十全に発揮しているとは必ずしも言えず、その存在すら国民の目に見えていないことからも、何らかの改革の必要性はある。それにもかかわらず、公務員減らしの犠牲を背負うのだからそれほどひどいことにはならず、どこかで適当な妥協点があるだろうという甘い見通しが研究者にあったことも事態をここまで深刻化させたのだろう。本当は今までに日々築き上げてきた研究成果や知識、判断力、あるいはそれに対する社会的な評価などが最大の私たちの売りになり、それを背景に研究サイドの主張を展開し、今回のような再編の際の力となるべきである。しかしながら、いざという時の力にはならないことにある意味で愕然とする。私たちの場合、ここまで議論が進んできた以上引き返せない状況になっている。工業技術院の廃止は既定路線であり、当初議論された省庁を超えた研究機関の再編も立ち消えて受け皿がない状況だからである。現在のような状況になった背景には、単なる行政側や研究所執行部の問題だけではなく、多くの研究者が組織によりかかり、自分たちの研究と市民や社会の関わりに深く関心を寄せることが少ないところに根本的な問題があるように思う。

 翻って大学の状況を見ると、予算や定員などで根拠のない幻想が語られるなど、状況は1‐2年前の私たちとよく似ている。甘い幻想をもたずにリアルに議論すること、目先の研究費や研究環境ではなく、研究の軸足をどこに置くかをしっかりと見据えることが大切であることを訴えたいと思う。それ抜きに大学外の多くの人々を納得させることは難しい。国立研究機関の場合と異なり、大学の再編は遥かに国民的な関心も高い。また、国立研究機関が各省庁に分散していることから全国レベルで共同できなかったのに対し、大学は全国レベルでの議論をまとめやすいという利点もあろう。独立行政法人化はひとことで言うならば学問研究への市場原理の貫徹である。このような変化の中で追い風に乗って資源が集中され,見かけ上発展する分野もあるかもしれないが、それは逆に他の分野に逆風が吹くことを意味している。そのことは必要な学問を衰退させて多様な知のあり方をゆがめることにならないだろうか、あるいは長期的に見たら全人類的な知的財産への貢献にとってマイナスにならないだろうか。国と学問研究のあり方についての根本的な議論をもっと深め、くれぐれも拙速な判断をしないでいただきたいと思う。

文献:浦辺徹郎(1999)行革渦中の国立研究所から,科学,69,885‐888.岩崎稔・小沢弘明編(1999)激震!国立大学 独立行政法人化のゆくえ,未来社.晴山一穂・浜川清・福家俊朗編(1999)独立行政法人―その概要と問題点,日本評論社.



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