独行法反対首都圏ネットワーク

崩壊に直面する大学教育
独立行政法人化の問題性
(1999.9.30 毎日新聞夕刊)

毎日新聞 9月30日夕刊

崩壊に直面する大学教育
独立行政法人化の問題性
阿部謹也

 日本の大学と教育は現在、明治の学制発布以来の危機に直面している。それは同時に日本の危機でもある。明治維新以来わが国は欧米先進諸国に追いつき、追い越すために殖産興業政策をとり、富国強兵政策によって対外的な発言力を強めようとしてきた。そのために帝国大学をおき、学制を整えたのである。その結果わが国は科学技術の点でも、読み書き算盤(そろばん)が出来る優れた兵士の供給の点でも立ち遅れることはなかった。
 現在わが国は経済の面だけでなく、初等教育においても、青少年が将来に希望をもてず、大人も希望を失っている。子供達が希望をもてなくなったとき、国の将来はない。このような事態に直面しているにも関わらず為政者達は景気の低迷がすべての原因だと考えているように見える。政府も橋本内閣以来行政改革だけを唯一の解決策と考え、強行しようとしている。
 他方で科学技術基本法を踏まえ、科学技術に莫大な資金が投入されようとしている。科学技術こそわが国の将来を導くものだと考えている政治家もいる。しかしその反面でその資金によって研究を行う筈の大学や国立研究所等が独立行政法人として改組されようとしている。このような政策がいかに矛盾しているかを指摘する声は少ない。それは独立行政法人という制度がなじみが薄く、よく知られていないためでもある。
 文部省はかねてから国立大学を独立行政法人にする案には反対を表明していた。独立行政法人が大学などの研究と教育の機関と相いれないものだという認識からである。しかしこのたび国立大学の独立行政法人化を容認する立場に立って、その内容を検討することを決意した。文部大臣と総務庁長官との間で五年後の独立行政法人化について文部省が時期を早めて検討を開始したのは、国立大学の良き部分をできるだけ維持しようとして早めに手を打ったものと見られる。
 すでに独立行政法人については通則法がつくられている。それは学術や研究などには何の関心もない人々がつくったものと思われるようなものである。それに対して文部省は個別法、あるいは特例措置で対抗しようとしている。例えば学長の任命については通則法では主務大臣が任命するとなっている。それに対して文部省の検討では「大学の自主制を担保するため、学長の任命は大学からの申し出に基づき、文部科学大臣が行うこと」とし、教育公務員特例法の規定に則って行うとしている。
 さらに独立行政法人の仕事については中期目標が課されいる。通則法では「主務大臣が三年以上、五年以下の期間の中期目標を定め、各法人に指示し、公表する」となっている。大学が何を研究し、教育するかについて主務大臣が定めるとされているのである。大学が世界各国で長い年月をかけて戦いとってきた研究と教育の自由がここでは全く認められていない。こうした事態に対して文部省は個別法で「中期目標が各大学の教育研究の長期的な展望のもとに設定されるよう配慮する」と定めようとしている。
 しかし最終的に法制化される段階で文部省の主張する個別法がどこまで認められるかは全く不明である。中には文部省の主張する個別法の内容と通則法とが対立的になっているところすらある。そのような場合、現在の文部省の力で通則法を変えられる可能性は少ない。
 新聞紙上では文部省の個別法の解釈が示される度に報道され、大学人はそれを見て現状に近づいているとして安堵する傾向があるやにみえる。しかしそれすら全く予測できないのである。文部省がいっているように独立行政法人になれば二五%の定員削減が避けられるという予測も予測の範囲を出ない。現在の大学にとってこの定員削減は研究と教育を放棄するに等しい数字である。
 この五十年の間に特に地方の大学はその地域の文化と産業の向上のために尽力し、地域と共に発展してきた。それらは独立行政法人となれば、崩壊の危機を迎えることになろう。何よりも効率性でのみ学問や教育が判定されるようになれば、採算がとれない哲学や文学、数学などの基礎学問は大学から消えてゆくだろう。そうなったとき、わが国の文化に何が残るか。将来に大きな禍根を残す結果になるだろう。教育と文化を財政の観点でのみ捉えようとすれば無惨な結果をもたらすことは明らかである。
 このような事態が明らかとなった現在でも、不思議なことに大学人の中から反対の声が挙げられていない。二十一世紀のわが国が学術と教育において後れをとらないためにも今ここで国立大学の独立行政法人化を防がなければならない。次の世代にふさわしい研究と教育の機関を残さなければならないからである。(あべ・きんや=共立女子大学学長、前一橋大学学長・西洋社会史)



目次に戻る

東職ホームページに戻る