独行法反対首都圏ネットワーク

国立大こそ主体的改革案示そう  森田 朗
(1999.9.30 朝日新聞朝刊<論壇>)

 国立大学の独立行政法人化問題は、九月に入って国立大学協会と文部省が相次いで見解を示し、独立行政法人化の是非から独立行政法人化を前提にした設置形態へと論点が移ってきた感がある。だが、問われているのが二十一世紀の学術研究・高等教育機関としての国立大学のあるべき姿である以上、結論を急ぎ問題の本質を見失うべきではない。
 これまで国立大学に対しては、運営が不透明、非効率であり改革にも消極的であるとの批判がなされてきた。それに対し、研究教育に効率性の評価はなじまないという反論がなされてきたが、無限の非効率が許されないことは言うまでもない。
 わが国の学術振興・高等教育への資金投入は、国際水準からみても低い。さらに、厳しい財政事情の下で国立大学は予算と定員の削減を強いられているのが現状である。必要なのは、国立大学の予算、定員などに対する規制を緩和し、大学自身の創
意工夫による自主的な運営を可能にすることであり、大学を適度の競争的環境に置くことによって研究教育への誘因を作り出すような改革であろう。
 確かに、効率化を主たる目的とする独立行政法人制度は、そのままでは大学組織になじまない。だが、この制度が事後評価に重きを置き、組織の自主的、自律的運営を可能にする点は、そうした改革の方向に沿うものである。
 独立行政法人制度の基本を定めた通則法は大枠を規定しているに過ぎず、組織の特性に応じた形態を個別法などで定める余地がある。九月二十日に示された文部省の「検討の方向」では、大学の特殊性を考慮し、それを反映した個別法による新たな
大学の組織形態を提案している。
 それは、独立行政法人化に消極的な国立大学の立場と行政改革の流れの双方に配慮し、独立行政法人化はするものの、できるだけ国立大学の現状を維持しようとしているかのように見える。その結果、文部省の期待する新たな大学像は不鮮明なもの
となっている。
 例えば、一大学一法人とし、学部、研究科などは法令で規定するとしているが、これは大学の再編と大学自身による組織編成を強く求める立場の人からは、それを困難にするものと見えるであろう。また、この制度の中核的要素である中期目標・中期計画の具体的な姿が明らかにされておらず、大学における研究教育の自由が制約を受けるのではないか、あるいは主務官庁に置かれる評価委員会が大学運営の効率性ばかりを過度に重視し、長期的な視点に立っ
 また、学長の任免は大学からの申し出に基づき主務大臣が行うとされている。法人の長に大きな裁量権を与えることを主要な要素とするこの制度の下で、そうした任免方法で大学の自治が本当に守られるのか。また、運営費交付金の積算など財務制度の詳細は今後の検討課題としているものが多く、財政運営や事務職員を含めた人事が本当に大学の主体的な判断にゆだねられる仕組みになるのか、という点も明らかではない。
 国立大学が独立行政法人化した場合、自主的運営を実質的に確保するためには、このような点を明確にし、政治や行政の関与を最小化する仕組みが作られなくてはならない。それにはまず、中期目標・中期計画、評価方法、財務制度の内容について国立大学自らが検討し、具体的な提言をすべきである。
 大学が担う研究教育の成果は、研究者たる教官の自由な発想と研究ヘの意欲に基づいている。これまで、わが国の研究教育に大きな役割を果たしてきた国立大学を改革し活性化するためには、前述のように自主的な運営にゆだね、研究教育への誘因
を作り出すことが必要である。
 もちろん、大学自身には、そのために必要な自己管理能力が求められることは言うまでもない。そしてその能力は、まさに改革をを必要としている今、最も発揮されるべきものである。外からの改革の要求を転化し、今こそ次世代の研究教育の担い
手としてふさわしい大学像を国立大学自らが積極的に提示し、社会に対して強くアピールすべきである。独立行政法人化は、その一つの機会ととらえるべきではないだろうか。
(東京大学教授・行政学)



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