≪声明≫新自由主義的改革の中軸たる国立大学法人法体制の抜本的改革を求める

2009年8月17日 国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局

1.何が行われ、何が行われなかったのか
2009年は国立大学法人の第一期中期目標期間の最終年度であり、次期中期目標の策定作業が本格化する年でもある。この6年間に何が行われ、何が行われなかったのか、その結果を誰がどのように評価し、国立大学の姿をどのように変えようとしているのか、これらを分析し、国立大学法人法体制とは何であったのかを総括するのにまことにふさわしい。

この6年間、国立大学の大学としての姿を崩すような事態がつぎつぎと起きた。大学の研究・教育等の基盤を支える年間の運営費交付金はこの間に720億円減額された。これは中規模の国立大学が年に1大学ずつ削減されたことに相当する金額である。これらを原資として国策に対応した競争的資金がつぎつぎとつくられた。その結果、国策として奨励されている分野・研究室には過剰な予算が集中し、そうでない基礎研究や文科系の分野は日常的な経費すらまかなえない状況になっている。従来からあった大学間、学問分野間の格差は法人化以降ますます拡大した。

法人化で自律性が高まるという当初の掛け声とは裏腹に国立大学法人は政府の強い統制下に置かれ続けた。総人件費を5年間で5%削減することが閣議決定されると(2006年の行革推進法により法制化)、各法人の中期目標はただちにこの数値目標に従うように書き換えられた。この間、教員の総労働時間は著しく増加したにもかかわらず、研究・教育に割くことのできる時間は全く増えていない。若手研究者には外部資金等による期限付雇用以外の就職口がほとんどなくなり、その育成に重大な支障をきたしつつある。正規職員の削減と契約職員や派遣職員の増大は、過労死寸前の長時間・過密労働と職務経験をまったく蓄積・継承できない職場環境を同時に生み出している。

国立大学法人法の建前からすれば、国立大学は、自らの努力で労働や研究・教育環境を改善しうるはずであった。しかし、実際には、一般の教職員は法人の意思決定過程から締め出され、ボトムアップによる経営改善は以前にも増して困難になった。あろうことか、複数の大学で、学内の意向投票を無視した学長の人選が(一部は犯罪の疑いを伴って)強行された。乏しくなる一方の運営費交付金と人件費が学長裁量経費や全学運用のポストに集められ、華々しいプロジェクトが次々と打上げられた。

2.誰がどのように総括し、どのように変えようとしているのか
評価結果(しかも中期目標期間の前半4年間の暫定評価)が確定しないうちから、文部科学省は国立大学法人の組織・業務全般の「見直し」に着手した(国立大学法人評価委員会(第25回)2009年1月28日)。その結果、大学院博士課程、法科大学院、教員養成系学部、附置研究所、融合・学際的な学部・研究科等を具体的なリストラの対象とする「見直し内容」(文部科学大臣決定「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」2009年6月5日)がまとめられ、これを次期中期目標の下敷きとするよう各法人に指示が下された。この「見直し内容」に照らして不十分だと指摘された場合には、文部科学大臣は、大学が策定した中期目標の原案を変更できるとされ(国立大学法人評価委員会(第29回)2009年6月24日)、さらに、中期目標の策定プロセスは、総務省によっても監視され、場合によっては勧告権を発動してでも修正されることになっている(政策評価・独立行政法人評価委員会、2009年5月21日)。

このように、第2期中期目標の策定を前に、国立大学法人法第30条の前提とされている法人による中期目標の原案策定権は、跡形もなく消し去られた。運営費交付金の削減、学長選考過程の乗っ取りなど、これまでにも制定過程における政府答弁や国会附帯決議を無視した法の運用は数々行われてきたが、今回のものはそれとは次元の異なる、法人法そのものの無視である。

これら“完全なる脱法行為”は、2009年に入り、評価委員会のこれまた違法な組織運営(詳細は2009年5月23日付首都圏ネット声明を参照)を伴って、怒濤のようにすすめられた。背景には、財務省が描いている国立大学の再編プラン(財政制度等審議会、2009年5月15日)、さらには経済界が「究極の構造改革」と位置づける道州制移行をにらんだ大学大再編の構想がある。

3.法人法体制の継続か、抜本的改革か―国立大学政策を総選挙の争点に
いま、新自由主義的改革(小泉改革)の綻びが拡がり、それを進めてきた自民党・公明党連合政権(自公政権)は崩壊の危機に立たされている。これに対して、“政権交代”ムードに乗ろうとする民主党の政策は、矛盾に満ちているとはいえ、自公政権への厳しい国民的批判を反映し、一定の範囲で現状打開の積極的な政策を提示している。一方、虚構の2大政党論による“政権交代”ではなく、これまでの新自由主義的改革からの根本的脱却と新たな社会のあり方をめざして、具体的な政策を模索・提示している政党・会派・社会的グループが着実に成長しつつあることにも注目しなければならない。また、これらに対抗して自公政権の中にも、従来の政策を転換し、国民の声に応えようとする動きが生まれている一方、新自由主義的改革をいっそう純化・徹底する方向で事態を打開しようとする勢力が根強く存在することも無視してはならない。

このように、今、日本社会には、これまでの新自由主義的改革によって社会全体に拡がった矛盾と危機をどのように克服し、そして新たにどのような社会を目指すのかという課題が突きつけられている。8月30日に行われる総選挙は、そうした課題への重要な回答の場とならねばならない。国立大学法人法体制は新自由主義的改革の中軸の一つをなしている。前述のように国立大学法人法体制下の大学の危機は極めて深刻であるにも関わらず、必ずしも社会全体の共通認識になっていない。それは、国立大学側が法人法成立過程において批判や懸念を表明したものの、成立後は個別要求の繰り返しに留まっており、法人法体制の構造的問題を広く社会に訴えてこなかったことによると言わざるをえないのではないか。8月30日の総選挙が国立大学法人法による第1期中期目標期間は最終年度を迎えているなかで行われることに留意するならば、それは法人法体制の抜本的改革へ向けての第一歩となることが重要であろう。そのためにも、総選挙に参加する諸政党、諸会派に対して、当面の緊急措置として次の事項を検討し、適切な形で政策に盛り込むことを期待するものである。

1.国立大学法人法成立時に行われた衆参両院における附帯決議の重要な条項が事実上無視されている現状に鑑み、国立大学法人法関連条項の改廃等によって附帯決議条項遵守に法的拘束力を与える措置を講じる。
2.運営費交付金における現行「総額決定・効率化係数による逓減方式」を廃止し、国立大学法人法準備過程で国立大学協会側が検討した「積算形式による概算要求方式」に変更する。
3.国立大学教職員人件費を国家予算における必要経費として計上する。
4.国立大学法人を行政改革推進法の適用外とする。

8月30日の総選挙後の新国会に対しては、上記の緊急措置を行った上で、さらに国立大学法人会計制度、評価制度にもメスをいれ、法人法体制抜本的改革に向けての慎重かつ厳密な議論とその具体化を求めるものである。

以上