『朝日新聞』2008年9月1日付

高専専攻科に熱視線


高等専門学校(高専)の専攻科が人気だ。専攻科は2年間かけて高度な技術者教育をする。高専の本科を出て専攻科に進む学生は年々増え、07年度は過去最多になった。「中堅技術者」を養成するために発足した高専だが、技術の進歩を受けて学生がより高度な教育を求めるようになったことなどが背景にある。進学や就職で実績を上げていることも人気の秘密のようだ。

■進学者、5年で1.5倍に

専攻科は、5年(一部は5年半)の課程を終えた本科の卒業生が継続して研究できるようにすることなどを目的に、学校教育法の改正で92年から設置されるようになった。高専教育の改善策について話し合っていた大学審議会(当時)が、高専の研究機能の強化などを求める答申を91年に出したことがきっかけだ。

文科省の調べでは、07年度時点で国公私立の60校が専攻科を設置しており、在学生は3119人。本科を卒業して07年度に専攻科に進学した学生は1535人に上り、ここ5年間で約1.5倍に伸びた。専攻科を設置する高専自体が増えていることに加え、人気も高まっていることが背景にある。

■進学・就職で実績

千葉県木更津市の木更津工業高専は01年に専攻科を設置。「機械・電子システム工学」など三つの専攻があり、今年度は38人が入学した。志願者は47人で、ここ数年は増加傾向。橘川五郎・専攻科長は「最初は学生集めに苦労したが、就職や大学院の受け入れ先が増えてきており、それが学生に魅力的に映っているのだろう」と話す。

07年度まで3年間の状況を見ると、東京工業大や筑波大の大学院への進学実績があり、就職先も大企業が目立つ。07年度は修了者34人のうち15人が進学、19人が就職した。

2年生の川崎直輝さんは「環境をそれほど変えずに、人間の脳をモデル化する自分の研究を続けられると思ったし、就職や大学院への進学で先輩が実績を残していたから、専攻科に進むことにした」と話す。同学年の中山隼さんは「ロボットの歩行制御の研究をそのまま続けたかったし、国立大に比べても授業料が安いことも決め手」。

同校は専攻科で「実践的技術者」の育成を掲げ、専門性に加えて国際化などに対応できる能力を身につけさせることも目指す。「半導体デバイス」「電磁波工学」といった専門的な授業が目立つ一方、英語にも力を入れ、TOEICなどの受験も奨励している。

また、専攻科では大学評価・学位授与機構の審査に合格すれば、大学の学部卒業生と同等の「学士」の学位を取得することが可能で、同校ではほぼ100%が取得。こうした実績が学生を後押ししているという。

02年度に専攻科を設置した和歌山県御坊市の和歌山工業高専では今年度、16人の定員の3倍近い44人が受験、25人が入学した。志願者は増加傾向にあり、山口利幸・専攻科長は「本科の卒業研究を続けられるし、うちは大学が近くにないため、地元で学んで学士になれる点も魅力のようだ。もっと専門的に勉強したいという学生が増えていることも背景にある」と話す。

同高専は、国立大などと協定を結び、推薦で大学院に入学できるようにするなど、進路の開拓も進めているという。

■企業も評価

東京工業高専は今年、全国の高専の協力を得て専攻科修了者を採用している企業にアンケートを実施。317社が回答し、専攻科修了者のここ数年の採用状況について、「採用数を増やした」が13.5%、「今後増やしたい」が48.5%に上った。「技術力がある」「専門性の高い教育で即戦力となる」などが理由で、企業の採用意欲が高まっていることがうかがえる。

また、採用後5年以内の専攻科修了者と大学の技術系卒業者を専門知識や行動力など15項目で比べてもらったところ、英語力以外はすべて専攻科修了者の方が評価が高かった。

国立高専の設置・運営を担う国立高等専門学校機構(東京)によると、専攻科は30倍を超える求人倍率がある。機構の企画課は「専攻科は長期のインターンシップを行うなど、より実践的な教育を行っており、社会に出て活躍できる人材が育っているから」と分析する。

ただ、専攻科への進学者が増える一方、専攻科の入学定員は本科の1割程度しかなく、規模の拡大を求める声もある。機構は、高専がある地域の実情を踏まえ、ニーズが高い所については定員を増やすことも検討していくという。

■中教審「高専」の充実求める答申

中央教育審議会(文科相の諮問機関)の大学分科会は7月、高専教育の充実を求める答申案をまとめた。「実践的・創造的技術者」の養成のため、今後5年程度をかけて取り組む施策をまとめた「高等専門学校教育振興施策要綱(仮称)」の策定などを提言。近く総会に諮り、文科相に答申する。中教審が高専教育を本格的に検討するのは、91年の答申以来。

具体的な施策としては、卒業生の約4分の1(06年度)が大学3年次などに編入学している実態を踏まえ、大学に「高専教育との連続性に十分配慮したカリキュラムの編成」を求めた。基盤整備の面では、設置以来更新していない老朽化した設備があると指摘、計画的な整備の必要性に触れた。専攻科については、学生と企業のニーズがともに高いとし、「地域や各高専の実情に応じ、入学定員の拡充を含め、整備・充実を図っていくことが適当」としている。(大西史晃)

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〈高等専門学校〉 産業界の要望に応える形で、実践的技術者を養成する機関として1962年に創設された。中学校卒業程度の学生を受け入れ、本科の修業年限は5年(商船に関する学科は5年半)。07年度時点で国立55、公立6、私立3の計64校が設置され、本科の学生は約5万6千人。卒業生には準学士の称号が与えられる。分野別学科数は、電気・電子系が78と全体の3割を占め、機械系54、情報系44と続く。