『毎日新聞』2008年4月16日付

記者の目:迫る巨大噴火、低下する防災力=山崎太郎


「40人学級」という言葉がある。義務教育の話ではない。日本列島には108もの活火山があるが、噴火予知に携わる大学の研究者は全国に計40人ほどしかいない現状を言う。近い将来には30人学級か、学級閉鎖すら起こりうる危機的状況だ。火山の脅威と、火山防災に携わる防人(さきもり)たちの苦悩に目を向けてほしいと、切に願う。

7月にサミットが開かれる北海道・洞爺湖の成り立ちをご存じだろうか。約10万年前に超巨大噴火があり、東京ドーム約12万杯分もの大火砕流が起きた。後にカルデラ地形ができて水がたまり、洞爺湖になった。

カルデラ噴火は日本では数千〜1万数千年に1度起きており、前回は鹿児島県・硫黄島周辺での約7300年前。「もうすぐ満期」とも言われている。洞爺湖のほか、熊本の阿蘇や桜島のある鹿児島湾もカルデラ噴火の名残だ。

より発生頻度の高い小〜中規模の噴火でも、社会に与える影響は大きい。すぐに復旧・復興に入れず、長期化するからだ。

私が住む長崎県島原市には、90年に噴火した雲仙・普賢岳がある。災害の終息宣言が出されるまでに5年7カ月もかかった。この間、繰り返される土石流などで消えた集落もある。

00年に噴火した東京・三宅島も同様だ。05年に全島避難が解除されたが、島の人口は噴火前の約3800人から1000人近く減り、火山ガスは今も続く。

そんな火山列島ニッポンで、火山の防災力は低下する一方だ。活火山の周囲に観測網を持つ国立大学と気象庁のうち、大学に「カネがない」のだ。

理由は明白。国立大学の独立法人化による運営費交付金の削減だ。交付金は人件費や研究費、施設整備費に充てられる大学の主要な収入源だが、年1%ずつ削減されている。結果、島原など各地の国立大の火山観測所は「生命線」である観測網の保守がままならず、引退した教官らの後任も埋められない。研究成果が利益に直結する医療や工学分野と違い、企業からの資金調達も難しいため深刻だ。

日本火山学会長の藤井敏嗣・東大教授によると、文部科学省が地震予知計画に対して配分する予算は年間約2億5000万円だが、噴火予知計画には約6000万円。4分の1だ。

こうした状況から大学側は今年2月、「火山監視は気象庁、大学は噴火予知研究」と役割分担を明確化する構造改革に乗り出した。必要な火山に、噴火予知のための観測網を集中させる再編案だ。

ただ、それでも「30人学級時代」への備えとしては不十分だろう。大学だけで観測網を維持することが厳しい以上、インフラの整備・保守は公共財として国が担い、大学は解析や研究などに専念する体制づくりが欠かせない。そこで私が提起したいのは「V−net」の構築だ。

95年の阪神大震災後、国は全国約800カ所に高感度の地震計網「Hi−net」を整備し、維持管理も独立行政法人が担っている。高品質なデータを研究者が自由に使えるようになったお陰で、日本の地震学は飛躍的に進歩した。「V−net」は、その火山版。volcano(火山)の「V」だ。全国の主要な活火山を取り囲むように、観測網を整備するのである。

課題は、もちろん予算。厳しい財政の壁を乗り越えるために欠かせないのは「国民の関心と理解」だ。

台風や地震など他の自然災害に比べ、確かに発生頻度は少ない。だからといって軽視できない火山災害ゆえの特質は、前述した通りだ。

それでも身近に活火山がない都市部の人たちには、ピンとこないかもしれない。が、考えてほしい。29ある国立公園の約7割は火山地帯にあり、箱根や軽井沢などの観光地を抱える。温泉も火山の恵みの一つだ。食卓に並ぶ農畜産物も、産地を調べれば火山のふもとが多い。金属資源やミネラルウオーターもそう。日本人の生活に火山は深くかかわっている。普段意識することがないだけだ。

昨年出された第7次噴火予知計画の報告書は「日本の火山監視能力を維持するのは困難。噴火予知体制の弱体化が予想される」と、強く警告している。まさかの時のためにどれだけ投資できるかが、その社会の成熟度を示しているといわれる。いつ噴火するとも知れぬ火山に、どれだけ投資できるか。世界有数の火山国・日本に住む私たちと政府の成熟度が、いま問われている。(島原支局)