『朝日新聞』2008年2月25日付

学長選 揺れる国立大
法人化で選考方法変更 各地で紛争


学長選をめぐる混乱が各地の国立大で起きている。高知大では、昨年実施された学長選考で投票の集計に不正があったなどとして、敗れた側の教授が無効確認を求めて提訴。さらに偽計業務妨害容疑などで刑事告発するという異例の事態になった。国立大の法人化に伴い、選考の仕組みが変わったことが、各地の混乱に影響しているようだ。(大西史晃)

訴訟・刑事告発に発展 高知大

「学長選考会議による決定は重大な瑕疵があり無効」。今月上旬、高知市の高知大朝倉キャンパス。校舎の入り口には、人文学部教授会の決議書が張られていた。

同大では昨秋以来、学長選に異議を唱える教授会の決議が相次ぐなど混乱が続く。相良祐輔・現学長(72)=元高知医科大(高知大と統合)副学長=と高橋正征・大学院黒潮圏海洋科学研究科教授(65)が争った学長選。混乱の一因は、誰が学長にふさわしいか教職員に問う学内意向投票の集計作業にある。

意向投票は昨年10月に実施。投票管理委員会の確認のもと、419票が高橋教授、378票が相良学長でいったん確定した。だが、同日夕に事務局が関係書類の整理のため票を保管した金庫を開けたところ、高橋教授の票に相良学長の票が1束(20票)混入しているのを見つけたという。再集計の結果、41だった票差はわずか1になった。

同大の規則では投票結果は学長を選ぶ際の「参考」との位置づけだ。学長を決める学長選考会議(11人)は「両方」の集計結果を参考に経営能力などを加味して議論。議長と欠席者を除いて採決した結果、相良学長を5対4で再選させた。

こうした経過に学内からは異論が噴出。「一番おかしいのはいったん金庫に保管した票を数え直したこと」。教職員約70人でつくる「公正な学長選考を求める会」代表の小澤萬記・人文学部教授はそう振り返る。小澤教授は選考会議に学長指名の委員が3人含まれる点にも触れ、「現職学長が再選されようと思ったら、簡単にできる制度だ」と批判する。

一方の選考会議は11月に見解を発表。「いずれの場合も高橋候補が1位という意向投票の結果を十分参考に、各委員が最終的に選択されたもので、選考結果の有効性に疑義を生じさせない」と主張する。

高橋教授は12月、職員が金庫を勝手に開けることは学内規則に違反するなどとして大学を相手取って提訴。票の差し替えの疑いも指摘し、偽計業務妨害容疑などで高知地検に告発、今月受理された。「告発すれば大学に捜査権力が入ることになるかもしれない。ちゅうちょしたが、司法の場で事実を明らかにした
 いと思った」と話す。

真相究明を求める学生の署名活動も広がったが、大学側は一連の混乱について「係争中でコメントできない」と回答するのみだ。

投票と選考会決定が「逆転」

高知大は刑事告発に至った異例のケースだが、学長選を巡っては05年に滋賀医科大、06年に新潟大で訴訟が起こされ、文部科学省の元事務次官が候補となった山形大でも07年、「天下り」批判とあいまって学内の対立が表面化した。いずれも意向投票と選考会議の結果が異なったケースだ。

04年の国立大学法人化に伴い、学長を決める権限は選考会議にあると法律で定められた。選考会議の委員は各大学に置く「教育研究評議会」出身の学内代表と「経営協議会」の学外有識者で構成し、大学の理事らを加えることも可能。学外委員が加わるのは法人化で学長の権限が強まるとともに、経営感覚も求められるようになったからだ。

法人化前は、投票で1位だった候補を学長にする大学がほとんどだったため、今も多くの大学で「参考にする」などの位置づけで意向投票が実施されている。ただ、結果をどこまで尊重するかは各大学の判断だ。

文科省の担当者は「学長は経営面の長でもあり、選考では外部の意見も採り入れた総合的判断が求められる。法的に全く問題のない手続きで選ばれているのだが」と話す。

熊本大の元学長で、熊本大の選考会議委員を務める江口吾朗・尚絅学園理事長も「選挙で選ぶと、工学系など大きい学部の出身者が学長に選ばれやすく、害の方が大きい」と話す。政府の教育再生会議は昨年12月の第3次報告で国立大の学長選挙の廃止を提言した。

一方、全国大学高専教職員組合の森田和哉書記長は「1位の人が選ばれないなら、何のための投票か。選考会議が合理的な説明をできていない」と言う。

中富公一・岡山大大学院教授(憲法)は、選考会議に加わる経営協議会の学外委員は学長が任命することなどから、特に現学長が候補となる場合、「お手盛りになる危険性は否定できない」と指摘。「選考会議で決めるには最低3分の2以上の合意が必要とし、そうでない場合は投票で1位の人を選ぶ仕組みにするべきだ」と話す。