北大で偽装請負
組合:事実を把握し、当該労働者の直接雇用を要求
北大:事実を認め、直接雇用(8時間雇用)に


                     北大教職員組合 担当執行委員
                     神沼 公三郎 

(No.1)

いま社会的に非正規雇用が深刻な問題になっています。非正規雇用という言葉の定義は必ずしも定まったものではないと思いますが、文字どおり正規に雇用された労働者ではなく、それ以外のさまざまな形態で不安定に雇用されている労働者の総称であると理解しておきます。一説によると、非正規雇用者はわが国で労働者のおよそ3人に1人の水準に達しているといいます。この非正規雇用者のほとんどは1年間の取得賃金が200万円程度かあるいはそれ以下の、いわゆるワーキングプアーです。こうしたワーキングプアーの大量発生がすでにわが国社会の現状と将来に重大な警鐘を鳴らしているにもかかわらず、非正規雇用者に依存する度合いをさらに大きくしようとしたり、非正規雇用者の労働条件を一層、押し下げようとする動きが広く見られます。

北大もさまざまな形態の非正規雇用者に依存しています。その分類は8時間雇用者(北大の用語では契約職員)、6時間雇用者(同じく短時間勤務職員)、「謝金」雇用者、派遣労働者などです。2004年の法人移行のころから8時間雇用と6時間雇用それぞれにおける具体的な雇用形態の種類が増え、かつ人数も増えていると思われます。また、同じころから派遣労働者の受け入れが目立つようになったこともあって、非正規雇用の重層構造化が進行しています。多くの反対を強引に押し切って誕生した国立大学法人は、無理に無理を重ねて大学を運営するため多方面にわたって多くの問題を抱えていますが、その一つが非正規雇用の増加にみられる労働問題の多様化、複雑化、一層の深刻化です。

最近、北大当局が北大教職員組合(以下、組合)に示した資料によると、北大で働く派遣労働者の人数は2004年度26人、2005年度54人、2006年度162人、2007年度181人と急増しています(いずれも年度当初の人数)。派遣労働者のこのような増加は国立大学法人北大が人件費の削減を目指して、ひたすら直接雇用の職員数を減らしてきたことと一体の関係にあります(人件費と派遣労働契約費の関係については後述)。しかし北大は派遣労働への依存を大きくしようとするあまり自ら陥穽にはまりこみ、偽装請負の愚を犯してしまいました。歴史に残る事件であると言って良いでしょう。

本報告は、偽装請負が行われていた北方生物圏フィールド科学センター静内(しずない)研究牧場の事例を、いや同牧場の立場からすると、同センターの前事務長が採った方針に従って派遣労働者の受け入れに同意したつもりだったものの、あとで気づいてみたら派遣労働者ではなく請負労働者であり、しかも偽装請負だったという事例を詳しく紹介します。本件の結論を先に述べておくと、偽装請負の実態を把握し、その解決を要求した組合の主張を容れて、北大は2007年12月20日づけで当該労働者を北大の直接雇用に切り替え、この件は解決しました。

1.静内研究牧場の概要
北大の学内共同教育研究施設の一つに北方生物圏フィールド科学センター(以下、FSセンター)という組織があります。FSセンターは2001年4月に学内の10施設が合体して誕生したもので、前身は農学部附属4施設(農場、演習林、牧場、植物園)、理学部附属2施設(臨海実験所[厚岸町内]、海藻研究施設[室蘭市内])、水産学部附属3施設(洞爺湖臨湖実験所、臼尻水産実験所、七飯養魚実習施設)などでした。これらの諸施設はいまFSセンターの各施設を構成していますが、そのうち旧農学部附属牧場が現在の静内研究牧場(以下、
単に牧場あるいは北大牧場)です。

牧場の職員は2007年12月19日までは教員1人(牧場長)、事務職員1人、技術職員7人(9人とも正規職員)でしたが、上記のとおり12月20日に8時間雇用の非正規職員が一人、加わりました。牧場は家畜生産に関する教育・研究の場であり、教育は専門課程と教養課程の学生を対象にして行われます。また水・土壌・気象・動植物など環境問題の総合的な研究を行い、さらに地元住民に対する自然教育・農業教育も実施しています。面積は草地130ha、森林330haを含め
ておよそ470haです。森林はその多くを林間放牧に利用するほか、牧場と近隣地域の環境保全に役立っています。全体的に、わずかの平坦地のほかは緩傾斜の多い山地形で、草地の多くも傾斜地に造成されています。

牧場の所在する北海道日高支庁管内静内町は2006年3月31日に三石町と合併し、新ひだか町になりました。札幌の北大キャンパスから新ひだか町内の牧場まで、その所要時間は、途中まで高速道路を利用すれば2時間半ぐらいです。

2.牧場、2004年11月に外部労働者を受け入れ
牧場で飼育している家畜は牛150頭、馬100頭にのぼります。家畜は生き物ですから毎日、管理しなければなりません。そのため技術職員は平日(昼間)の勤務ばかりではなく、ローテーションに基づいて一人、二人で休日、夜間にも家畜管理労働に当たります。国立学校当時は宿日直の手続きで休日・夜間労働を行っていましたが、2004年4月の法人化に伴って労働基準法が適用され、事情が異なってきました。労働基準法の基本精神に拠ると、宿日直の際にできるのは宿日直の本来業務、例えば電話を受ける、庁舎の戸締まりを点検するなどに限られ、通常の家畜管理労働まで実施してはいけません。この考え方は、労働基準法の精神に照らすと当然のことです。

そのため、休日に通常の家畜管理労働を行うならば、その職員は平日に振替え休日をとるという選択肢が有力な形態になりますが、そうなると、すでに進行していた人員削減の影響から、職員間のローテーションのやりくりが難しくなります。そこで、法人移行に当たり牧場長と技術職員はFSセンター当局に対して労働基準法にかなう労働形態として、従来のように休日と夜間の労働を宿日直で対応するのではなく、これを時間外労働であると認めて、割増賃金を支給するよう要求しました。また牧場職員の過半数代表者は、「(労基法にかなう形態は)4月以降に検討する」とのFSセンターの説得に応じて2004年3月、北大とのあいだで36協定を締結しました。しかし法人移行後も、なかなかFSセンターから納得のいく回答が得られませんでした。

そんなとき、2004年度に入ってしばらくたったころ、FS センターから示された案が外部委託による解決策でした。この提案は仕事に関する牧場職員のプライドを少なからず傷つけるものでしたが、牧場長と職員は議論を重ね、数ヵ月にわたるFSセンターとの折衝経過を勘案して、(1)「従来、日直の手続きで行っていた休日(昼間)の家畜管理労働については技術職員が通常勤務を行い、その分、平日に振替え休日をとる。そのため平日の勤務体制が手薄になるので、それを補う目的で平日の一部に外部委託を導入することに同意する」、(2)「宿直手続きで行っていた夜間の家畜管理労働については、時間外労働割増賃金の支給を求める」と意思表示を行い、FSセンターと合意に達しました。2004年秋のことです。

FS センターの提案を実現するため、当時のFSセンター事務長(以下、前事務長という。2004年4月から2006年3月の期間、FSセンター事務長。2006年4月に他部局の事務長に転じて現在も在職)は、盛んに派遣労働者の受け入れを力説していました。前事務長の口癖は、「いま派遣労働者を頼めば、どんな職種でも、どんな地域にでもすぐ来てくれる」というもので、この発言を、FSセンターの札幌に勤務する教職員の多くや牧場長は良く覚えています。前事務長が意図した外部委託とは派遣労働者の受け入れだったのです。

とにかくこうして、静内町(当時)に在住するA氏(現在、満51歳)が2004年11月1日から牧場で働き始めました。A氏は同年の夏ごろ、「北海道新聞」の地方版で札幌に本社を置くB社の新聞広告を見て、北大牧場で働く派遣労働者をB社が求めていることを知りました。B社は派遣労働を主たる業務とする会社ですが、北大との関係では数年前から毎年、1、2の部局の清掃業務や建物管理業務を請け負っています。A氏はかつては農業を営んでいましたが、そのときはすでに離農していました。そこで早速、B社に連絡をとり、そしてB社に雇用される労働者として牧場で働くことになったのです。牧場での労働は1日8時間、基本的に週5日勤務でした。

(つづく)

(No.2)

3.何と、偽装請負だった
A氏は真面目な性格でよく働き、しかも農業を営んでいた経験から家畜管理技術も確かなものを持っていました。そのため、短時日のうちに牧場長と職員から厚い信頼を得るようになりました。今回、北大に対してA氏の直接雇用を求めるに当たっては、この信頼を基盤に、牧場長と職員がA氏をぜひ北大の労働者に採用してほしいと意思表示したことが、事態を早期に解決させる実質的に大きな力になりました。

A氏が牧場で働き始めておよそ2年半経過した2007年初夏のころまで、牧場長も職員も、そしてA氏自身も、A氏はB社の派遣労働者であると信じて疑いませんでした。前事務長が盛んに振りまいた言葉からいっても、A氏が応募するきっかけになった新聞広告の内容からしても、これは無理からぬことです。また、A氏がB社に雇用されるに当たり、静内に出張してきたB社のB1社員に会ったとき、B1社員はA氏に対して派遣労働者であるとも請負労働者であるとも言いま
せんでした。今から振り返ると、B1社員はあえて意図的に何も言わなかった感じがします。

2007年初夏のころ、牧場で働くA氏の経歴がそろそろ3年に近づくので気になった私が牧場に問い合わせたところ、牧場長があらためて北大とB社とのあいだの契約書(北大側の契約者は事務局長)を見てみたら、派遣労働契約ではなく請負契約でした。またA氏が自分の家にしまっておいたB社の雇用契約書を見たら、そこには請負労働者である旨、書かれていました。そうなると、偽装請負の可能性が濃くなります。

労働者派遣法には、派遣元(B社)が労働者を雇用してその労働者を派遣先(北大牧場)に派遣するとき、派遣労働者に対する仕事上の指示は派遣先が行わなければならないと規定されています。他方、請負の場合、請負労働者に対する仕事上の指示は請負会社(B社)がしなければならず、牧場側は請負労働者に指示を出してはいけません。牧場側は、請負労働者ないしは請負会社が行った仕事の結果を測定し、その仕事が契約どおりに行われていれば請負料金を支払う、ということになります。つまり、A氏に対する仕事上の指示をB社が出しているのか、牧場側が出しているのか、この点が派遣労働であるか請負であるかの分かれ道です。

牧場職員は家畜を管理するに当たり、中心的職員をリーダーとするチームを編成して労働します。そこに外部労働者が一人加わっても、そのチームのなかに入って働くのは当然です。チームから離れて一人で全く別の労働をすることはあり得ません。そのため、自然の成り行きとしてA氏は牧場の中心的職員の指揮下に入り、チームの一員として毎日、仕事をすることになりました。

他方、A氏がB社の新聞広告に応募したのちB社のB1社員に面会したのは、うえに述べた機会を含めてわずかに2回です(その後、このB1社員はB社を退職しています)。これでは、B社がA氏に仕事上の指示を出せるはずはありません。それでも、組合の副委員長と私の二人が2007年10月下旬に札幌市内のB社事務所を訪れたとき、応対に出たB2社員が本件は偽装請負ではないと次のように言い張りました。すなわち、北大とB社とのあいだの請負契約書には家畜管
理労働のこまごまとした内容が記載されているから(確かにこまごまと記載されています)、B社がA氏に仕事上の指示を出していると言える、従って偽装請負ではないというのです。しかし、至極当然の話ですが、A氏はその請負契約書など一度も見たことがありません。B社も北大もA氏にその契約書を見せる義務はないし、また実際にも絶対に見せません。もしもA氏にそれを見せたら、請負金額とA氏の給与額との差があまりに大きい(後述)ことがA氏にわかってしまい、A氏が怒り出すに決まっているからです。

さらにいえば、B社は派遣労働を業務の中心とする会社ですから、家畜を管理する技術など持っていません。そのようなB社が家畜管理労働を請負うのはどだい無理な話です。

以上のとおり北大とB社との契約は請負契約でありながら、しかしA氏に対する仕事上の指示は労働者派遣法でしか許されていない形態、つまり派遣先(北大牧場)が指示を出すという形態で行われていました。牧場職員からすれば自然の流れのなかでA氏に指示を出していたわけですが、いずれにしても明白な偽装請負です。昨今、社会的に偽装請負の手口はとみに巧妙さを増しているといわれていますが、本件は最も単純で、典型的な形態の偽装請負です。

4.なぜ偽装請負を行ったのか
なぜ北大とB社とが派遣労働契約ではなく請負契約を交わし、労働者派遣法に違反する偽装請負を行ったのか、正確な理由は捜査機関に綿密な捜査を依頼でもしない限り完全にはわかりません。しかし組合が調査して把握した事実からでも、合理的な判断を導くことができます。

偽装請負を行った最大の理由は、直接雇用にかかわる問題だと思われます。労働者派遣の場合、3年間が過ぎると派遣先の北大がA氏に対して雇用契約に応じるよう申し込まなければなりません。これは労働者派遣法に規定されています(ただし社会的には、多くの派遣先企業がこの雇用契約申し込みを行っていません)。しかし請負契約であれば、北大がA氏を直接雇用する必要はありません。A氏が牧場で働くことをやめると言わない限り、北大とB社は請負契約を、B社とA氏は雇用契約を結び続け、北大はいつまでも直接的労働関係の発生を回避することが出来ます。北大から見て、このメリットが大きいのです。

前述のとおり、2004年度に入ってしばらくたったころFSセンターの前事務長は牧場に派遣労働者を、と走り回っていました。ところがその後、前事務長が実際にFSセンターの事務担当者(当時)に出した指示は、牧場の外部委託については請負契約を結ぶから請負契約書を作成するように、ということでした。従って、走り回っていたときから部下に請負契約書の作成を命じるまでのあいだに、前事務長の気がかわったのです。この間にどこからか知恵をつけられたか、あるいは自分で社会の動向を調べて偽装請負の手口を知ったか、いずれかです。

ところが前事務長は、2007年10月下旬に私が電話でたずねたところ、「(この件について自分は)いままで派遣労働契約だとばかり認識していた。請負契約だとはちっとも知らなかった。ほんとに請負契約なのか」と驚きの声を発していました。しかし常識的な話として、FSセンターに関する大学外機関との契約事項、契約内容を当該事務長が知らないはずはありません。もしも知らなかったら、職務怠慢もはなはだしいと言わなければなりません。事実、2004年当時のFSセンターの事務担当者は、事務長から命じられて請負契約書を作成したと明確に証言しているのです。つまり、前事務長は私にウソをついたのです。2007年にあいついで明るみに出た食品業界のスキャンダルはいずれも例外なく会社の経営者がウソをつき、しかしウソがばれて社会を揺るがす大問題になりましたが、それらの例に見るようにウソをつくのは誠に恥ずべき行為です。

またB2社員と一緒に、副委員長と私に応対したB社のB3社員は、「当社にとっては派遣労働契約のほうが利益が大きいが、北大側が請負契約にしてほしいと言ったので当社はそれに応じた」と述べました。この発言は、偽装請負の責任から逃れようとする意図が明白で、そのため発言内容のすべてを鵜呑みにはできません。それでも、FSセンター前事務長とB社とのあいだで派遣労働契約か請負契約かやりとりがあり、最終的にはFSセンターの前事務長がB社に申し入れる形で請負契約の採用に至った、という経緯を彷彿とさせてくれます。
                                     
(つづく)

(No.3)

5.第1回目の団交―継続交渉に
組合は北大学長に2007年10月30日づけで団体交渉を申し入れました。要求内容は、(1)北大はA氏について偽装請負の法律違反を犯したことに鑑み、A氏を直ちに直接雇用すること。それに当たっては8時間雇用とし、雇用年数の制限は設けないこと、(2)北大はいままでA氏と牧場関係者をだましていたことになるので、A氏と牧場関係者に誠意をもって謝罪すること、(3)北大は、なぜA氏について偽装請負を行ったのか、原因と責任を明らかにすること、の3点です。(1)で「直ちに直接雇用」と要求したのは、もしもA氏が2004年11月1日から派遣労働者として働いていたならば、2007年10月31日で丸3年が経過し、翌日の11月1日からは北大の直接雇用になるはずだったからです。

これに対して北大は、学長から委任を受けたFSセンター長(偽装請負が始まった2004年時点のセンター長は前センター長)が団交に応じ、11月28日に交渉が行われました。センター長は「外形的には偽装請負ととられても仕方がない」と事実上、偽装請負を認めたものの、「早急に業務マニュアルを整備する。2007年度中はマニュアルに沿って業務をしてもらい、請負契約を継続する。その後、2008年4月1日からA氏を直接雇用にする」と述べて、「直ちに直接雇用」という要求には応えませんでした。また、雇用形態は8時間雇用で、雇用期間は北大の就業規則にあるとおり3年間とするが、3年後の継続雇用について配慮するとして、4年目以降の雇用を実質的に保障する態度を表明しました。

議論のなかで組合側は、A氏の直接雇用を2008年度からとしている点は納得できない、牧場の仕事はチームで行うもので、A氏はそのチームに入り、中心的技術職員の指示を受けてチームの一員として働いているので、請負労働の指示形態とは全く異なる、このまま請負労働者であるならば偽装請負が続くことになる、もしも偽装請負労働者のA氏が2007年度末までのあいだに労働災害にあうと、北大の態度は社会的にかえって問題視されることになる、などの諸点を主張しました。また、北大の就業規則では3年期限だが、4年目以降の継続雇用につき団交で合意して労働協約を結べば、それは法的には就業規則より上位に位置するので、4年目以降の雇用をこの場で保証することは可能である、という点も述べました。

ところが団交に出席した北大の職員課長が、偽装請負はあらかじめそれを知っていながら実行したときに成り立つのであって、今回は知らないでやったのだから偽装請負ではないという奇妙きてれつな論理を大声でわめき散らし、また労働協約の法的な位置づけを知らないらしく、4年目以降の継続雇用要求についても聞く耳を持ちませんでした。そのため、この日の団交では決着がつかず、継続交渉になりました。

この日の団交は、予定した30分間が過ぎても交渉半ばでした。そのとき職員課長は約束の時刻がきたと言って一人、席を蹴って立ち去ろうとしました。国立学校当時の北大における交渉は、申し入れても半年以上、時には1年近くたたないと実現しませんでした。そのうえでようやく実現するや、まず学長が長々と無内容な答弁をするので時間が刻々と過ぎて行き、議題半ばにして予定時刻が来ると(交渉の予定時間は1時間程度が多かった)、人事課は「組合側の時間配分が下手だから、議題が進まなかったのだ。組合側の責任だ」と言って、まず席を立ちます。そして学長が、やや名残り惜しそうな顔をしながら人事課職員のあとについて交渉の部屋から出て行くのが常でした。現在の職員課長はもちろん人事畑の出身ですから、あいかわらず当時の感覚でこの日も同じ行動に出たものと思われます。しかし当時は国公法、いまは労働基準法の世界ですから、まるで環境が異なります。それにもかかわらず国公法気分で立ち上がろうとする職員課長に対して組合側が、「不誠実な団交は不当労働行為だから関係機関に訴えるぞ」と叫ぶや、しぶしぶ座り直しました。結局、この日の団交は1時間40分ほどかかりました。

職員課長のこうした態度は、大学が法人組織に移行しても幹部職員の基本姿勢と考え方は官僚そのものであり、大学管理の本質は何もかわっていないことを示しています。このような大学職員は依然として国公法のセンスにしがみつき、労働基準法の世界に積極的に入っていこうとはしていないのです。

(つづく)

(No.4、完)

6.第2回目の団交で決着
第1回団交のあと数日たって職員課から組合書記長に会見要請があり、書記長が職員課を訪問すると、職員課長から「先日の団交のあと関係者に相談したら、この件は偽装請負であるとのことだった。申しわけない」という趣旨の発言がありました。職員課長らは第1回団交の数日後に弁護士に会って意見を聞いたらしく、弁護士から偽装請負であると指摘されてがらりと態度をかえることになったようです。

そして2007年12月14日に第2回目の団交が行われ、やはりFSセンター長が事実上、偽装請負を認めるとともに、A氏を2007年12月20日づけで8時間雇用に採用すると述べました。また雇用期間はやはり3年間であるが、この年数制限は手続き上のことであり、3年後すなわち2010年12月20日以降の継続雇用について最大限、配慮するとして、4年目以降の雇用を事実上、約束しました。組合はA氏の直接雇用が早まったことを評価し、また事前に職員課長が偽装請負を認めていた点を踏まえて、FSセンター長の回答を受け入れ、合意に達しました。そして、以上のFSセンター長の回答内容が記載されている確認書を取り交わしました。なお、A氏を雇用していたB社と北大とのあいだの請負契約は、2007年12月19日づけで解約になりました。

2回の団交で結着をみた理由としては、弁護士の意見に基づいて職員課長が翻意した点もさることながら、組合が本件を問題提起した当初から現在のFSセンター長、同事務長(いずれも2006年4月より)が偽装請負の事実を率直に認めて、組合の要求に理解を示したことが挙げられます。しかし、2回目の団交でFSセンター長が「偽装請負とは知らないでやった」と、第1回団交における職員課長の強弁と類似の趣旨を発言した点には同意できません。すでに詳しく述べたとおり、FSセンター前事務長の言動の軌跡を追うと、「知らないでやった」のではなく「知っていてやった」としか言いようがないからです。また、「知らないでやった」場合は偽装請負ではないという論理がとおるならば、およそ世の中の偽装請負はすべて偽装請負ではないということになってしまうでしょう。いずれにしても本件に関しては職員課長の態度にみられたように、北大当局の調査不足、というよりも何の調査もせず、そのため事実をほとんど把握せず、ただ思いこみを主張するだけの姿勢が印象的でした。

2006年度の請負契約書によると、A氏にかかわって北大がB社に支払った年間請負金額は365万円あまりですが、同年にA氏がB社から支給された年間賃金は230万円程度です。やはり間違いなくワーキングプアのレベルです。他方、社会保険などの必要経費を支払ったあとに残るB社の儲けは、少なくとも数10万円にのぼると思われます。B社はA氏に対する雇用契約書をつくり、それを単にA氏に送るだけ、そして3年間のあいだにわずか2回、B社の社員が静内に出張してA氏に面会するだけで、濡れ手に粟の収益を得ていたのです。B社のこのような暴利を保障していたのがほかならぬ北大だったのです。しかも、B社はA氏に対して2006年度までは毎年度、雇用契約書を送付してきましたが、2007年度はなぜか送付して来ませんでした。派遣会社とは、かくもいい加減なものだと言って良いでしょう。ただし、副委員長と私がB社を訪問したときこの点を強く指摘したら、本来の時期より7ヵ月遅れて2007年11月に2007年度雇用契約書をA氏に送付してきました。

なお、北大の直接雇用になったことでA氏の年間取得賃金は、請負労働者のときの1.5倍近くにはなると思われます。労働者としては決して十分な金額ではありませんが、それでも少しは労働条件が改善されました。

7.北大はなぜ派遣労働者を増やそうとするのか
職員課長が第1回団交で偽装請負を認めなかったのは大いなる不勉強のため、官僚的思考様式にしがみついているためですが、さらに一つ、北大としてはちょうど「謝金」雇用問題で社会保険庁と週刊誌から強い叱責を受けて、その問題の是正に取りかかっている最中でした。そのため、これ以上、北大の人事政策の失態を認めたくないという意識が強く働いていたと思われます。『週刊東洋経済』2007年10月13日号で北大工学部の「謝金」雇用問題が厳しく批判され、また社会保険庁の立ち入り調査と是正勧告を受けて、この2回にわたる交渉のころ、北大はその後の対応にあわてふためいていました。

いままで北大は「謝金」で働く人たち(学生アルバイト以外の「謝金」雇用の人たち)を労働者扱いにしませんでした。「謝金」の人たちは単なる「謝金」であり、雇用ではないと強弁して、その人たちには社会保険などをいっさい掛けていなかったのですが、今回、その点を指摘されて北大の人事政策の失政ぶりが露わになりました。いま社会的な批判を大々的に浴びている社会保険庁から指摘を受けたのですから、北大人事当局の複雑な気持ちたるや、かなりのものだったでしょう。その結果、北大は、基本的に「謝金」雇用者を直接雇用(6時間雇用、3年期限)に切り替えようとしています。しかし、「謝金」雇用者本人やその研究室の教員から見ると、いままでは期限がなかったのに突然、3年期限と言われて途方に暮れ、部局事務に苦情を3し出るなどの事態が生じています。

北大の人事政策の失敗は「謝金」雇用問題にとどまりません。冒頭にみたとおり北大では派遣労働者が急増しています。この実態からは、派遣労働者の非常に深刻な問題が社会的に重大視されていることなどどこ吹く風、まさに浮世離れした北大の方針がよく見えてきます。派遣労働者の急増を示した数字はすべて、2001年5月1日から2007年4月30日まで2期6年間、北大学長を努めた憲法学者の施政下のことです。法人に移行したのちの北大に新たな種類のワーキングプアーが生まれ、その人数が急増しているのに、この憲法学者は少しも気持ちの痛みを感じなかったのではないでしょうか。

こうして派遣労働者を増やすのは、冒頭に述べたとおり直接雇用者を削減して人件費を圧縮しようとするからです。ただし、派遣労働契約の費用が人件費として処理されているのか、非人件費なのかは微妙な問題です。「国立大学法人北海道大学 財務諸表」の「附属明細書」では、「派遣会社に支払う費用」は人件費に入っていません。ところが文科省大臣官房人事課が公表している「文科省所管独立行政法人及び国立大学法人等の役員の報酬等及び職員の給与の水準の公表について」における「国立大学法人北海道大学の役職員の報酬・給与等について」を見ると、「総人件費」なる費目のなかに「人材派遣契約に係る費用」が含まれています。要するに派遣労働契約の費用は人件費であるとも、ないともいえわけです。

派遣労働契約の費用が人件費であってもなくても、派遣労働者の受け入れが人件費の大幅削減という国立大学法人の基本命題に基づいて行われているのは事実です。しかし、いかに人件費を縮小しても、結局は人(派遣労働者)に働いてもらわなければなりません。やはり人が必要なのです。それならば正々堂々と直接の人件費で賄い、しかも少しでも良い労働条件で働いてもらうようにすべきです。それを、事態の本質を小手先で糊塗しようとして派遣労働に頼るから、大学であるにもかかわらず新たに大量のワーキングプアーを生み出すことになるのです。そして、大学の方針にひたすら忠実でありたい、大学当局に覚えめでたい存在でありたいと願うFSセンター前事務長のように、大学人としてやってはいけない誤りをときには犯すことにもなるのです。

大学に派遣労働はふさわしくありません。私見を述べると、北大はまず、いま北大で働いている派遣労働者について、派遣会社と交わしている雇用契約内容、労働諸条件、生活実態などを詳しく調査し、ワーキングプアーの実情を正確に把握して、大学の内外に公表すべきです。明らかにすべき項目のなかには、北大・派遣会社間の契約料金と派遣労働者の賃金との差額も含まれます。そのうえで派遣労働者を直ちに、期限のない北大の直接雇用に移すとともに、今後の派遣労働契約は厳に控えるべきです。以上は、社会に対する北大の最低の責務です。このような根本的方策を採らない限り、第二、第三のA氏を生み出すことになりかねません。

なお、北大は退職後の再雇用労働者をできるだけ増やしていって、その分、いままでの非正規雇用者を少なくしていこうと考えているようです。再雇用労働者もワーキングプアーの一員ですが、この労働者に依存しようとする方針については別の角度からの考察を要します。

(おわり)