『日本経済新聞』2007年10月8日付教育欄

教員個人評価 全国立大導入へ 「動機づくり」課題
結果、賞与などにどう反映? 先送り傾向強く


法人化を契機に、教員の個人評価制度を導入する国立大学が増えてきた。大川一毅岩手大学准教授は、評価制度に課題は多いが、教員の資質向上や学生サービスの改善に効果があると期待を寄せる。

岩手大准教授 大川 一毅

十八歳人口の減少や厳しい財政事情の下にあって、世界水準の研究・教育の実施、高等教育機会の確保など、時代や社会の要請に応えるべく、国立大学の一 層の改革が求められている。

改革の一環として、教員個人評価システムの開発や評価の実施が進んでいる。国立大学は、何を目的に、どのような評価をしようとしているのだろうか。

昨年十月、私は広島大学の奥居正樹准教授と共同で「国立大学における教員個人評価実施状況調査」を実施した。八十七校の全国立大学に依頼し、六十九大 学(七九・三%)から回答を得た。

◆教育・研究を推進 

調査に対し、六十七大学(回答大学の九七・一%)が、教員の個人評価を実施、または実施に向けた具体的準備を進めていると答えた。「教員個人評価に取
り組まない」と回答した大学は皆無だった。

教員個人評価を導入・実施する目的を聞いたところ、六十四大学(同九二・七%)が、「教員活動の活性化や教育・研究活動の促進」をあげた。「査定の手段」と回答した大学は一大学だけだった。

教員個人評価の導入は、国立大学の内発的な意思というよりも、文部科学省の「中期目標」に提示された影響が大きい。「中期目標」を達成するために、各大学は具体的措置として、「中期計画」で教員個人評価の実施を策定する必要があった。実際、五十四大学(同七八・二%)が、「中期目標・中期計画」に「教員個人評価に取り組む」ことを盛り込んでいる。

中期計画の達成状況は、国立大学法人評価で検証され、運営費交付金に反映される。国立大学にとって教員個人評価は、否が応でも実施しなければならない事項だった。導入・実施のための学内合意を得るには、主目的を「査定の手段」ではなく、「教員活動の活性化」とすることが重要だったと推測される。

評価の対象領域を尋ねた項目では、回答六十二大学すべてが、「教育活動」「研究活動」「社会貢献活動」をあげた。五十八大学(九四%)は、この三領域に加え、学内における「管理運営」もあげた。

実際の評価作業は、まず教員一人ひとりが各領域について、大学の使命(ミッション)に照らした自己目標を具体的に設定し、これを自己評価することから始まる。教員は、この自己評価調書(報告書)を一〜三年ごとに、学部長や評価委員会等に提出する。調書は大学や学部等の視点から検証され、必要に応じて面談も実施して、最終評価結果が示される。

自己評価調書に、五段階評価などの「段階制自己評価」を採用している大学が約半数。業績にポイントを割り振り換算する「ポイント制」の採用も四〇%程度に上る。

評価を行う際に重要なのは、どのようなインセンティブ(動機付け)をつけるか、である。

教員個人評価を実施または試行している三十八大学の選択肢回答では、▽賞与への反映(十一大学)▽特別昇給への反映(八大学)▽教員個人研究経費への反映(六大学)▽昇任考査基礎資料への反映(五大学)▽教員個人の教育経費への反映(四大学)▽給与への反映(三大学)▽学長、部局長等の裁量経費から教育・研究費を提供(二大学)▽その他(二十五大学)という結果が出た。

◆「検討中」34%

「その他」の具体的な記述回答をみると、「現段階は検討中」が十三大学で、これは回答三十八大学中の三四%を占める。「処遇反映はしない」は四大学だった。

多くの大学は、「教員個人評価の導入・実施」自体に高い優先度を置いている。インセンティブについては、学内合意がとれる範囲で設定するか、今後の検討課題として先送りする傾向が強いことがうかがえる。今後、評価結果とインセンティブをどのように関連づけていくかは、重要な課題となるだろう。

次に、制度を導入・実施する過程で、課題や障害となったことを聞いてみた。

「人事・昇給・昇任等への反映」が三十三大学で最も多く、これに「学内合意の形成」「インセンティブ措置」「評価領域・指標の策定」がいずれも二十九大学で続いた。コストや人的労力の増加を指摘する大学も二十四に上り、九大学が「評価担当者の選定」をあげた。「『人事査定』や『勤務評定』に利用することへの危惧を学内から払拭すること」が導入にあたっての優先課題だったと回答する大学もあった。

◆実施自体に意義

教員個人評価制度の導入・実施は進んだが、評価結果を改善に反映させる仕組み、例えばFD活動(ファカルティ・ディベロップメント、教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取り組み)と連動させた教員の資質向上策などは今後の課題と回答する大学が大半だった。

調査では、国立大学の教員個人評価には、依然として課題が山積することが浮き彫りになった。だが、教員個人評価が導入・実施されたこと自体が、まずは意義あることだと考えるべきだろう。

大学は、それぞれの理念・目標に照らして、期待する教員像を明らかにし、教員個人評価制度を組織的に機能させた。これによって、教員は目指す方向性を大学と共有し、大学組織の一員である自覚を深めながら、自らの活動を顧み、今後を展望する機会を持った。

教育活動重視という教員個人評価の特性も、学生の視点に立った教育実践意識の浸透に影響している。

教員個人評価が、単なる評価のためだけではなく、教員の資質向上と、学生への高いサービスの提供に貢献する方途として、発展していくことを期待したい。