『朝日新聞』私の視点 2007年7月20日付

三重大学長(国立大学協会・病院経営小委員長)豊田長康

◆大学病院 手を打たねば機能低下進む


大学病院は、地域で活躍する医師の育成や生涯教育、新しい治療の開発や治験などの臨床医学研究、重症患者の治療や先端医療、災害やがんなどの拠点病院として、地域医療を守る最後の砦としての使命を果たしてきた。大学病院の機能低下が地域医療に深刻な影響をもたらすことは、医師不足問題の全国的な噴出によって国民に認識されたところだが、いま、その大切な使命がいっそう果たせなくなるばかりか、崩壊のリスクが高まっている。

04年度の国立大学法人化により、病院再開発などに伴う借入金の償還などの財源である「付属病院運営費交付金」は、07年度ですでに37%(217億円)削減された。それを補うために現場は懸命の経営努力を続け、患者や手術件数を増やし、病床の有効活用などに努めた。その結果、医業収入を04年度2・4%、05年度5%増やし、06年度は診療報酬の3%減額改定にもかかわらず3・5%増やした(国立大学協会調査)。

病床あたりの医業収入は、黒字自治体病院(自治体病院のわずか12%)の平均をすでに上回っている。しかし、赤字病院は05年度2病院、06年度8病院と増加し、10年度には半数を超える見込みである。

大学病院は、診療報酬で採算がとれなくても、重症・難病患者の治療や先端医療など、国民が求める使命を果たす責務があり、そのために必要な医師・看護婦の配置や施設・設備の整備を行わねばならないが、治療に必要な機器の更新も行えない状況である。現状のような急激な交付金削減に加えて、診療報酬が再び引き下げられれば、経営が行き詰まる病院の数はさらに増えるだろう。

国際的な研究指標(トムソンサイエンティフィック提供)に基づく国立大学協会の分析では、臨床医学分野の国際的に評価の高い論文数は、わが国全体で、法人化前の03年に比べて06年は10%低下した。世界全体では7%増えているので、この分野の国際競争力は単純に差し引くと17%も低下したことになる。

大学病院における若手医師の減少に加えて、交付金削減を補う収入増を図るために診療へ注力し、その結果、教員である医師の研究時間が減少したことが原因と考えられる。特に、人手の少ない地方国立大学での論文数低下が著しい。

これに加えて、経済財政諮問会議などで議論されている、限られた財源の中での成果主義による交付金の傾斜配分が行われれば、地方大学への交付金が減り、研究費あたりの論文数では効率の良い地方大学の機能がさらに低下し、わが国全体の国際競争力の低下を加速させる。これでは、資源の少ないわが国の重要政策である科学技術創造立国やイノベーション推進は望むべくもない。

このままでは、大学病院の研究機能ばかりでなく、教育機能や診療機能も低下し、地域医療のさらなる崩壊が進むだろう。やみくもな交付金削減ではなく、大学病院の使命にかかわる機能、必要な人員や施設・設備を確保できる交付金の配分方式を早急に確立すべきである。