『朝日新聞』2007年6月26日付 私の視点


横浜国立大学長 飯田 嘉宏

◆国立大改革 基礎研究分野を軽視するな

国立大学のあり方や交付金を巡る改革議論が盛んである。経済財政諮問会議で出された2月末の提言がきっかけだった。この提言では、経済成長力や技術革新といった視点から大学改革が論じられている。

しかし、国立大学がそれらに寄与することは重要だが、同時に学術の中核を担っている点を見過ごしてはならない。大学の意義や実態についての理解に欠けた議論では真の改革につながらず、優れた部分も疲弊させる懸念があるからだ。

これからの国立大学のあり方については、法人化を機に活発に議論され、各大学はそれぞれの中期目標・計画を策定して改革改善に熱心に取り組んでいる。

私は、改革の原点は、従来の教育目標、つまり育成人材像を進化させることにあると考える。

人材には、(1)目標設定能力を持つ人材(2)目標達成能力を持つ人材(3)過程の実施にとどまる人材がある。

明治以来、先の経済成長期までは、欧米という技術や考え方の目標があったから、(2)と(3)の育成を主とする教育で役目を果たしてきた。しかしながら、今後の高度な大学教育では(1)と(2)を意識的に育成する創造的実践的教育に変えた上で質を保証することが重要だ。

横浜国大の工学系教育を例にすれば、学生に常に課題を与えて自ら考えさせる対話型教育を軸に、目標設定ができる広い視野と強い実戦力育成に努めている。

研究と教育は分けられない。創造能力を育むには研究は最適であり、教員は学生とともに研究することによって教育を行っている。こうした教育を基に、グローバル化時代の課題などにも積極的に対応する。

創造的実践的教育には、質の高い教員の絶えざる知力と労力が必要であり、国立大学は教員の公募を原則として強い競争的環境下で人事を行っている。

技術革新を担う国内外の理工系学会での発表は、国立大学からのものが一般に多数を占める。有力学会である「日本機械学会」の最近3年間の学会賞論文をみると、国立大学からの受賞が7割以上を占めている。

理工系の研究を、(1)学術基礎研究(2)応用基礎研究(3)応用研究(4)開発研究に分けるとすれば、(1)と(2)の基礎研究が他の研究の基盤であると同時に技術革新の源でもあり、今後の日本でより重要性を増すだろう。

こうした基礎研究は、国立大学と国立系の研究所が中心的に担っている。

多様な大学の中でも、国立大学は高度の「知の創造と継承」と共に地域社会への貢献を役割としている。

ところが、最近の一部議論は、今後必要な教育研究の特性や国立大学の意義や質への理解が薄いため、学術の疲弊を招き、国の健全性をはじめ科学技術創造立国の実現などにもマイナスに作用しかねない。

国立大学は改革により一層真剣に取り組む必要性があるが、重要なことは、新教育基本法の大学条項でうたう大学の意義を踏まえて改革議論をすることだ。国内総生産(GDP)に対する高等教育への公的負担比率0.5%を、主要先進国並みの1%程度に近づける必要もある。