『朝日新聞』2007年6月25日付

個性化問う 交付金改革


国立大を揺るがせた運営費交付金の配分見直し問題は、政府の経済財政諮問会議が「競争原理の全面導入」を見送り、ひとまず収まった。4カ月に及んだ騒動では、政府・与党内での駆け引きばかりが目についた。日本が国際競争に打ち勝つための研究活動と、人材育成を含む地域社会への貢献と――国立大が担ってきた二つの役割をどう整理し、個々の大学の個性化に結びつけるのか。今後本格化する具体案作りでは、この視点が欠かせない。

◆「競争」へ激変は見送り

諮問会議民間議員の提案で問題に火がついて以降の、主な提言は図の通り。民間議員提案と「骨太」素案が「成果」「評価」「傾斜配分」などと「競争」を強調したのに対し、教育再生会議第2次報告と骨太方針では「基礎的部分を支える」「基盤的経費の確実な措置」「適切な配分」との表現が盛り込まれ、激変を否定した形になった。

政府内で「百家争鳴」状態が続いたため、安倍首相は教育再生会議でまとめるよう指示。同会議2次報告で決着したかに見えたが、諮問会議は6月に入っても粘り腰を見せた。それがなぜ、素案の公表から2週間で大幅に譲歩したのか。

「(文科省との交渉で)もっとも避けるべきことは何か、という優先順位の中で考えた」。諮問会議の事務局を務める内閣府のある幹部はこう話し、骨太方針に「歳出・歳入一体改革との整合性を取る」という文言を加えた点を強調する。

文科省は交付金配分の大幅見直しに抵抗したのにとどまらず、安倍内閣の教育再生重視路線に乗って、毎年1%ずつの削減が決まっている交付金額についても増額への転換を模索した。内閣府幹部の発言は、配分問題で妥協したものの金額の削減は死守した、という意味だ。

一方、文科省幹部は、交付金配分に競争原理を導入した場合の二つの試算が議論の流れを変えたと見る。

競争で配分先が決まる科学研究費補助金の実績に基づいて交付金を配分し直したとの仮定で、文科省が3月に、財務省は5月にまとめた。文科省の試算では、国立大87校のうち地方大を中心に70校が現状より減額となり、うち47校は半分以下に減って経営破綻(はたん)するとの内容になった。

危機感をあおろうとした文科省、「これだけ減らせる」と示したかった財務省と狙いは違ったが、四国や近畿の知事会が文科省や再生会議に働きかけ、参院選への影響を心配した与党や歴代の文科相・文部相経験者も動く事態になった。

◆研究と教育 役割どう評価?

「国立大の教育と学術研究の活動を国民に見える形にしていく。同時に、国大協の組織運営を充実させていく」。13日、国立大学協会(国大協)総会後の記者会見。会長に就いた小宮山宏・東京大総長は、神妙な面持ちでこう語った。

小宮山氏が指摘した2点は、今回の交付金騒動があぶり出した問題でもある。

「国立大の活動」について、小宮山氏は「それぞれの国立大は、国際的に人材養成、学術研究で競争していく役割と、知の拠点として地域を活性化する役割を持っている。我々も広報、透明化の努力が足りなかった」と振り返った。国大協副会長の梶山千里・九州大総長も「両者を分けて議論しないと。(一緒にして交付金改革で)競争的に、と言っても無理」と、きめ細かい議論を訴える。

もう一つの「国大協の組織運営」。小宮山氏は「会長選挙のあり方や、地方大の意見、旧帝大でない様々な機能を持った特徴ある大学の意見をスムーズに反映させるためにシステムを作った」と強調した。

国大協の運営を主導してきた旧帝大には「国際的に競争」している大学が多い。交付金問題への国大協の取り組みが鈍い、との不満が地方大の一部から出たゆえんだ。3月の国大協総会では「地方の大学、単科大はどれだけ大変か」(梶田叡一・兵庫教育大学長)、「第2国大協など、公私立大と別の大学協会を作る事態もある」(小平桂一・総合研究大学院大学長)と不満が噴出した。

13日の国大協総会に出席した学長からは、「大学を経済成長の手段と考えること自体がおかしい」(岐阜大・黒木登志夫氏)、「教育用の予算を維持し、競争的な研究資金を増やすなら大賛成」(滋賀大・成瀬龍夫氏)、「教育系、文系、理系など分野ごとの評価・配分を考えてほしい」(京都教育大・寺田光世氏)など、様々な声が聞かれた。

これらをまとめ、今後の具体論づくりを引っ張ることができるか。法人化から3年たった国立大、そして国大協の試金石となりそうだ。

〈運営費交付金〉運営費交付金 国立大の中核的な補助金で、87大学全体では収入の半分近くを占める。財政再建の一環で毎年度1%ずつ削減されており、07年度予算には約1兆2000億円が計上された。各大学への配分は学生数などに連動しており、成果などに基づく競争的な配分は「特別教育研究経費」など全体の1割弱。