『日本経済新聞』2007年4月23日付

運営費交付金、削減進めば…
国立大の経営破綻招く
教育の質低下に直結


経済財政諮問会議で国立大学運営費交付金の配分方法の見直しが議論されているが、熊本大学の崎元達郎学長(国立大学協会理事・経営支援委員会委員長)は、これ以上運営費交付金の削減が続くと経営破綻する国立大学も出ると指摘する。

熊本大学長 崎元達郎

「成果」を崩壊

政府は、科学技術、社会、人材の革新による二十年後の国造りの計画「イノベーション25」の中で、「早急に取組むべき政策課題」として、1次世代投資倍増2大学改革3科学技術投資の抜本的拡充等を挙げ、諸会議の議論を経て「骨太方針二〇〇七」に取り入れようとしている。「イノベーション25」の成否は、その実現に向けて、必要な予算をいかに優先的に投入できるかどうかにかかっている。

このような中で、経済財政諮問会議の民間委員から唐突に、国立大学の運営費交付金を「国際化や教育実績など」について評価を導入し、努力と成果に応じて配分するという意見が出された。また、四月十六日付の一部報道によれば、財政当局もこの意見に沿った運営費交付金の配分方法見直しを同会議に提示するなどといわれている。

あくまで限られた予算総額の枠内での議論であることから、増額される大学がある一方で、多くの大学で削減されることが予想される。国際化や教育実績の短期的な評価が困難であることを別にしても、国の高等教育政策とこれまでの成果を、根底から崩壊させることになる。なぜならば、運営費交付金の削減は、国立大学の存在そのものを危うくするからである。

運営費交付金は、大きくは、大学分と病院分(病院を持つ四十二大学のみ)に分けられる。病院の交付金が毎年二%削減され、医師養成機能、地域医療の機能、臨床医学の質と国際競争力等の低下、ひいては病院及び大学運営の破綻に至る負のスパイラルを招きつつあることは、黒木岐阜大学長が昨年八月二十一日付本欄で訴えている。

活動の基盤経費

大学分の交付金は、競争的要素を持つ教育研究特別経費を除いて使途は特定されないが、不可分な研究と教育を実施し支える教職員の人件費が大部分を占めており、そのほか、施設の維持修繕費、光熱水費、教育研究費等にも、授業料収入を合わせて用いられている。

交付金は法人の最低限の活動のための基盤的経費であり、削減は人員削減と教育の質の低下に直結する。リストラで経営改善を図る企業と異なるのは、「人」そのものが国の科学技術、文化を支え貢献する人材を育成している点である。

現に法人化後の四年間で、運営費交付金の基盤的経費分は、毎年一律一%の効率化係数による減で約五百五十億円が削減された。これは数大学(学部なら数十学部)の廃止に相当する額で、各大学は、欠員補充の抑制や人件費、諸経費削減などで必死に対処しているが、教育の質を保つのも限界に近くなっている。

これ以上の削減が継続されれば、経営破綻に至る大学が生じることになり、「イノベーション25」の実現を担い、同時に、人材を養成する教員の存在を危うくするわけであるから、本末転倒であると言わざるを得ない。「角を矯めて牛を殺す」の愚を犯してはならない。

そもそも、高等教育や国立大学の在り方の議論は、基礎研究がイノベーションに結実するのに三十年以上かかることなどを踏まえた長期的な視点を加え、多角的、総合的に行われるべきであり、市場原理や経済・財政の議論を中心として短期的に結論を求めることがあってはならない。

投資大幅増を

全国に均衡よくは位置された国立大学の存在意義や役割については、「二十一世紀日本と国立大学の役割」に詳しいが、主に以下のように整理できる。

1世界に伍(ご)する知の創造拠点(自然科学の八分野での論文数は世界二−四位、世界大学ランキングの百位以内五校、四百位以内十七校、ノーベル賞学者の輩出等)

2高等専門職業人、研究者、医師、教員などの人材養成拠点

3家庭の経済状況や居住地域にかかわらない高等教育の機会均等の保障

4国家的リスク(災害、食、病、環境等)に対する知識の蓄積と継承

5地域における知、文化、産業振興の拠点

6国の芸術・文化・外交力の水準と多様性の確保

7産学連携による国際競争力のある研究開発と技術移転

我が国の力強い成長と国際競争力を確保するために今、必要なことは、高等教育に対する公財政支出が国内総生産(GDP)比〇・五%、私費負担を入れても経済協力開発機構(OECD)諸国中二十四位という状況を改善し、国公私立を含めた高等教育に対する国の投資を先進国並み(GDP比率一%以上)に大幅増額することである。

イノベーション推進に限れば、日本経済団体連合会(〇七年三月二十日)、経済同友会(〇七年三月一日)の提言に謙虚に耳を傾け、大学への期待に応えることが必要であるし、総合科学技術会議の有識者議員の意見書にあるように、運営費交付金を安定的に確保した上で、その他の競争的資金での予算充実を切に期待したい。

国際的競争環境が激化する中で高等教育の空洞化を招かぬよう、国立大学は役割と特色を自覚し、さらなる大学改革を推進して、世界に伍して行くべきであると強く認識すべきである。

事実、法人化以降は、厳しい財政状況の中でも競争的資金を獲得するなどして、教育の質保障、研究の高度化、産学連携の促進や国際化を鋭意推進しており、第三者による法人評価において、成果を社会に説明しつつ懸命に努力している。

また、国立大学協会としても次期中期目標・計画期間に向けて、二十一世紀の国立大学のあるべき姿を示すべく検討に着手しているので、教育再生会議での議論や中央教育審議会の教育振興基本計画策定においても、私どもの考えが反映されることを切に希望する。