国立大学等における運営費交付金に関する要望書

教育再生会議
座長 野依良治殿

 日頃からの教育再生会議のご努力には、心からの敬意を払っております。また、同会議におきまして大学等の高等教育に関しましてもご検討下さると伺い、心強く感じております。われわれ大学共同利用機関法人の機構長は、大学共同利用機関の運営を通じて、我が国の大学等の高等教育および学術研究の向上と発展のために尽くすべく努力をしております。

 最近の報道によれば、国立大学等の運営費交付金の配分ルールに関する考え方について、経済財政諮問会議の一部議員から意見書が提出されたとのことですが、私どもは大学共同利用機関法人を代表して、その内容について極めて憂慮しております。ここに、この問題に関する私どもの基本的な見解を申し上げて、教育再生会議等でのご議論の参考にしていただければと考え、この要望書を提出させていただきます。

 大学共同利用機関は、世界に誇るわが国独自の研究機関であり、「研究者コミュニテイ」の総意の下に、全国の国公私立大学等の研究者に共同利用、共同研究の場を提供する中核拠点として組織されました。大学共同利用機関は、重要な研究課題に関する先導的研究を進めるだけでなく、未来の学問分野を切り拓いていく拠点として期待されており、その研究は問題解決型の科学技術研究ではなく、むしろ「問題発掘型の学術研究」が主流であります。

 国立大学法人および大学共同利用機関法人においては、その主要な財源は国からの運営費交付金に依存しております。国民に見える形で各法人の経営努力を課す効率化係数(△1%)が毎年付与されるという厳しい状況下にあっても耐えうるのは、この財源が支給されることにより、法人の中長期的な運営方針を計画立案し、それを遂行できるからであります。もしも運営費交付金が競争的資金に変換されるような事態になれば、長期的視野にたって法人を運営することは不可能になり、国立大学法人及び大学共同利用機関法人における学術研究、ひいては日本の学術研究は、極めて困難な事態に陥ることは間違いありません。
 理系・文系を問わず、このような「問題発掘型の学術研究」は、年限を限った時限付きのものではなく、息の長い拡がりと深さが不可欠であり、そのような研究を許す土壌からこそ真に新しい科学技術の「種」が生まれるのであります。学術研究に裏打ちされていない科学技術はやがて枯渇し、斬新で革新的な科学技術の開発へ展開されることはありません。例えば、医療、創薬、育種等の分野で、現在、活発に活用されているバイオ技術は、もとはといえば20世紀前半に勃興した遺伝子の分子生物学に由来するものが大部分ですが、この学問自身は、決して応用を志向して誕生したものではなく、物理学者や遺伝学者の純粋な知的好奇心から始まったものでした。「知」の世紀といわれる21世紀においては、科学技術の応用展開を重視するからこそ、好奇心から出発する学術研究が継続して行われることが絶対に必要であります。その振興によって蓄えられる知的資産は国力の枢要な源泉となり、国民生活や経済活動を持続的に発展させ、環境の保全や人類の繁栄も視野に入れた希望のある未来を切り拓く原動カとなるものであります。

 「問題解決型のプロジェクト研究」は、競争的資金でまかなえる点がかなりあるのは事実ですが、その多くは数年間で目標を達成する時限付きであります。近視眼的な視野に立ち、短期的に成果が期待されるような研究に対する資金だけでは、「問題発掘型の学術研究」を支えることは到底不可能であり、やがては応用研究の芽を枯渇させるに違いありません。私共がここで明確に申し上げたいのは、国立大学法人および大学共同利用機関法人の運営に当たっては、継続的且つ長期的に安定した運営費交付金が支給されることが、是非とも不可欠であるということであります。それは、研究者が特定の研究プロジェクトを考えて競争的資金を得ることとは、全く別のことであり、従来から行われてきたデュアルサポートが必要であることは勿論であります。

 さらに、大学共同利用機関について指摘しなければならないことは、各機関とも国立大学法人・総合研究大学院大学の基盤機関として、また大学との共同利用研究の場を通して、大学院生の教育にも従事しており、教育機関としての性格をも併せ持つているということであります。学術や科学技術の発展には、優れた研究開発能力をもつ担い手が不可欠ですが、周知のように、近年そうした人材をめぐる国際的な争奪戦は激化の一途をたどっており、自前での人材養成の成否が国の命運を左右する時代となっています。いうまでもなく、高度で独創的な研究開発能力をもつ専門家の育成は、一朝一タに成るものではなく、安定的な教育研究環境の中でじっくり行わなければなりませんし、そのための基盤的経費が持続的,安定的に措置されることを必須の条件とするものであります。

 冒頭で述べましたように、最近、経済財政諮問会議の一部議員から、国立大学法人の運営費交付金の配分ルールに関して、国際化や教育実績等についての大学の努力と成果に応じて、運営費交付金を配分することが提案されております。しかし、そもそもこの提案が、現行の運営費交付金が果たしている重要な役割についての十分な理解の上になされたものかどうか疑わしく思われます。また、国立大学法人等を評価する際の統一的基準を設定することは極めて困難であり、評価することのフィージビリティは暖昧である上、とりわけ上述した学術研究に関する認識に基づいているとは思われないということから、私どもはこの提案に対して大きな危機感を抱いております。競争的資金によるサポートは、運営費交付金などによって研究環境の基盤が充実されてこそ生きるものであり、高等教育ならびに学術研究の支援体制に単純に競争の論理を持ち込むことは、わが国の教育と研究の向上への努力をますます困難にするものと危惧しております。因みに外国の研究者からも、わが国の研究機関等が、単に競争的資金だけでなく基盤的な支援をぅけていることが、わが国の研究者が長期的視野に立ってレベルの高い研究を進めている基礎になっていると、評価されております。

 私どもは大学共同利用機関法人の責任者として、運営費交付金の配分に競争の論理を持ち込むことに対して憂慮し、ここに関係各位に対してこの問題に対して深いご賢察を賜りますようお願い申し上げる次第であります。

平成19年4月5日

大学共同利用機関法人
人間文化研究機構・機構長 石井光雄
自然科学研究機構・機構長 志村令郎
高エネルギー加速器研究機構・機構長 鈴木厚人
情報・システム研究機構・機構長 堀田凱樹