『毎日新聞』2007年5月28日付

新教育の森:国立大交付金配分見直し 競争原理に地方反発


国立大学運営費交付金の配分ルールをめぐり、経済財政諮問会議の方針が波紋を広げている。「努力と成果に応じた配分」を掲げ、より一層の競争を促す諮問会議に対し、文部科学省や国立大学協会(国大協)は「一部大学は経営さえ困難になる」と反発する。競争原理に基づく配分ルールに変更した場合、8割以上の大学が減額になるという試算もあり、地方国立大の統廃合につながる可能性もある。成果主義導入の是非とともに、地方大学の存在意義も問い直すべき必要性が出ている。【高山純二、佐藤敬一】

「日本の大学は世界の潮流から遅れている。研究・教育拠点として選択と集中が必要」。運営費交付金をめぐる議論の発端は2月27日の諮問会議で民間議員から出された意見だった。民間議員は「選択と集中」を掲げ、運営費交付金の配分ルール見直しを俎上(そじょう)に載せた。

運営費交付金は国立大全体収入の45%を占め、教職員の人件費や光熱費など基盤的経費にあてられる。この部分に競争原理を導入して、成果に応じて配分しようというのが今回の論議だ。しかし、財務省の試算では、競争原理に基づく配分ルールに変更した場合、全87大学のうち74大学(85%)で交付金が減少。文科省試算でも47大学の経営が成り立たなくなる可能性もあるという結果が出た。

国大協は今月15日、シンポジウムを東京都内で開催。崎元達郎・熊本大学長は「運営費交付金は最低限の活動を保証するための基盤的経費。交付金の理解が十分にされていない」と反発した。

国大協は伊吹文明文科相に要請書を提出し、「地方大学や教育系大学の経営が困難になる。国の高等教育政策として取り返しのつかない結果に陥る」と訴えた。東京学芸大の鷲山恭彦学長は「現在の状態でさらに競争原理が導入されれば、段々と人を削っていくしかなくなり、未来の教師や教育力量の高い現職教師の養成・研修機能は低下する」と指摘する。

運営費交付金は04年の国立大法人化以降、毎年減額されているうえ、昨年の「骨太の方針」で今年度から5年間、財政再建の一環で年1%ずつ削減されることも決まっている。政府の教育再生会議には1%削減の見直しを求める意見があるものの、緊縮財政の中、予算増は期待薄の状況だ。再生会議第2次報告と「骨太の方針」は6月にまとめられる。

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◇機能分化し強み生かせ−−伊藤隆敏・経財諮問会議議員

−−「努力と成果に応じた配分」の狙いは?

◆運営費交付金は今後、年1%ずつ一律に削減される。一律削減は一番愚かなやり方で、全部が「ジリ貧」になる。不要になったところは削り、長所は伸ばす「選択と集中」が必要。10年度以降の第2次中期計画で、一律削減はいかがなものかという問題提起だ。

−−学問の世界は要、不要の判断が難しい。

◆今は、各大学が教育も研究もやろうとして、すべての学部を持とうとしている。果たしてそれでいいのか。みんなが「中の下」から「中の上」の大学ばかりを作って、国際競争力を失っている。機能分化し、各大学の強みを生かしていくことが必要だ。目的にあえば、大学の合併や学部再編も当然出てくると思う。

−−努力と成果の評価方法は?

◆昔は農学なら北海道大、哲学なら京都大という選び方をしていた。今は偏差値で選び、必ずしも大学の中身を見ていない。だからこそ、諮問会議では、入試日分散化も提案している。複数大学を受験できるようにして、合格した中から自分にあった大学を選べばいい。受験生の選択で評価が決まってくる。

−−地域の人材育成などを担う地方大学が不利になるのでは。

◆すべての学問分野を維持しようとすれば苦しい。だが、研究者を引き留めることさえできれば、地方でも特定の研究分野に特化することができる。もちろん、教養教育に特化してもいい。これまでは年齢で給与が決まり、中央から声がかかれば移ってしまった。引き留めには、教育や研究に優れている人にそれなりの報酬が必要だ。

◇目立たぬ研究が消える−−鈴木守・群馬大学長

−−諮問会議の運営費交付金配分ルール見直し案をどうとらえるか。

◆人間には寝ていても必要なカロリーがあるが、大学にとってそれに相当するのが基盤的経費である運営費交付金だ。そこをランク付けすれば、ランクが下になった大学は基礎代謝さえもらえずに飢え死にする。経済界の「選択と集中」という考え方を理念なく大学に当てはめていいのか。

−−競争原理が導入されることへの懸念は。

◆成果主義で目立つ研究だけに目が向き、世の中からあまり脚光を浴びない研究が次々と消えていくことになる。そうなれば大学として大変な財産を失うことになる。締め上げて教育の質が上がるとは到底思えない。

−−国立大学は個性がなく「ミニ東大化」しているとの批判もある。

◆古い見方だ。ミニ東大化は約20年前の話で、国立大学が法人化されてからは人の配置や予算の使い方が各大学の判断でできるようになり、予算が減って苦しいながらもどこも工夫してやっている。また、地方の国立大学はどこも地域のニーズに応じて密接につながりながら一生懸命やっている。実際に大学を見てから言ってもらいたい。

−−競争原理の導入で大学の淘汰(とうた)もやむなしという意見もある。

◆大学が多すぎるという論議は別にすべきで、運営費交付金削減の話とセットにされてはたまらない。運営費交付金を削減して大学を苦しめ、つぶして減らすことはやめてほしい。経済状況から地方の国立大にしか行けないという学生も多い。誰でも大学に行けるという希望をつぶしてしまったら日本の将来はない。

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■ことば

◇運営費交付金

07年度予算は約1兆2044億円を計上。内訳は教育研究経費相当分(9821億円)▽退職手当等(1378億円)▽特別教育研究経費(845億円)。教育研究経費の大部分は人件費で教職員数など学校規模に応じて一律配分されている。全体の約7%にあたる特別教育研究経費には競争原理が導入され、研究成果などに応じ傾斜配分されている。06年度は東京大に最も多い899億円を交付。最も少ない小樽商科大(14億円)と885億円の差があった。