『朝日新聞』社説 2007年5月13日付

国立大の研究費―競争ばかりじゃダメだ


国立大学の研究費は、「おかず」だけでなく「ごはん」も競争原理で配る。

たとえて言えば、そんな内容の提言が経済財政諮問会議(議長・安倍首相)の民間議員から出された。

おかずは、研究者が「われこそは」と申請して勝ち取る競争的な資金だ。ごはんは、日常の研究費である。

日常研究費は、大学がやりくりする。国立大の収入は平均すると、約半分が国の運営費交付金だ。その大部分は法人化前の教職員数や学生数などをもとに算定されている。研究を保障する「ごはん」の性格は、ここに由来する。

交付金も大学の努力と成果に応じたルールで配分せよ、というのが提言だ。だが、ちょっと待ってもらいたい。

国立大の支出から人件費などを除くと研究に回るのは、そう多くない。文部科学省の抽出調査では、一つの研究室が自由に使えるのは、在籍する大学院生ら1人当たりで計算して月1万〜2万円程度が多かった。これでは研究室が独自で研究計画を立て、機材を買うのは難しい。

それなのに政府は交付金を抑えつつある。今年度は1兆2044億円で、3年前より約3%減った。

一方で、01〜05年度の第2期科学技術基本計画は競争的な資金の倍増をうたった。00年度の約3000億円が05、06年度は4700億円前後の水準になった。

交付金が競争的になると、日常研究費がふえるところもあるだろうが、減るところも出てくる。減るところでは、最低限の研究すら難しくなる。

たしかに競争は大事だ。だが、競争に勝つためにも、競争的でない研究費が要るのではないか。例を挙げよう。

「高温超伝導」で世界中が沸いたことがある。超伝導は、低温で物質の電気抵抗がなくなることだ。86年、IBMチューリヒ研究所(スイス)で、K・A・ミュラー博士らがそれまでより「高温」で超伝導を示す物質を見つけた。送電線や電磁石の技術革新の芽を秘めた発見で、翌年にノーベル物理学賞を受けた。

同じ研究所で一緒に仕事をした高重正明・いわき明星大学学長によると、このテーマは会社から指示されたものではなかった。「自由な立場で、日常経費を使う研究だった」という。営利企業でさえ、こうした自由を許した。それが20世紀屈指の発見につながった。

見通しの立たない研究には競争的資金がつきにくい。だが、見通しを得るためにも機材が要る。そこに、大発見のタネがあることも少なくない。だから、そんなに多くなくてよいから、好きな研究に使える資金を一定額は確保したい。

自由な資金に条件がつくのは当然だ。不正を防ぐのはもちろん、研究者同士の相互批評を活発にして研究の質を高めるべきだろう。ただし、ねらい通りの結果が出なくても、とがめるべきではない。

自由な資金でタネを見つけ、競争的資金で育てる。そんな役割分担がいい。