『朝日新聞』2007年5月8日付

国立大改革 迫る競争原理の波 交付金一律配分見直し


国立大学にはどこまで「競争」が必要かー。政府が検討中の大学・大学院改革で、国立大のあり方が焦点になっている。補助金に成果主義を導入するよう提
言し、論争に火をつけた経済財政諮問会議民間議員の丹羽宇一郎氏(伊藤忠商事会長)と、反発を強める国立大学協会の理事、林勇二郎・金沢大学長に聞いた。  (増谷文生)


 経財会議民間議員 丹羽宇一郎・伊藤忠会長
 ミニ東大の量産やめねば  

日本は戦後、教育も含めてすべて一括大量生産方式で進めてきた。今は多様化、多品種少量生産の時代。一律に運営費交付金=キーワード(省略)=を配分し、金太郎アメ的なミニ東大型の総合大学を各県に作る、そんな大量生産方式をやめなければならない。

「うちは東大より数学は圧倒的に強い」など、各国立大学が個性を持つべきだ。高等教育に競争原理を導入し、国際競争力を持つ教育をしなくてどうするのか。運営費交付金をくれないからできない、国が何かをしてくれないからできない、という国立大の「くれない症候群」を廃絶しなくてはだめだ。

優秀な人材を育てて社会に供給することが目的の教育と、国際競争に打ち勝つような高いレベルの研究という二つの要請に大学は応えなくてはいけない。

01年に文科省が出し、当時の大臣の名前を冠した「遠山プラン」を着実に実行すべきだ。(1)国立大の再編統合を大胆に進める(2)民間的発想の経営手法を導入する(3)第三者評価による競争原理を導入する。この基本方針を進めてもらうきっかけにと、私たちはあえて波紋をおこしたのだ。

完璧な市場原理を導入しようというわけではない。急に運営費交付金をゼロにしたら、国立大の経営が成り立たなくなることはわかっている。だが、今のま
ま一律配分方式でいいのか。

地方の国立大は、特色のある大学に変え、再編・統合していくことが大事だ。運営費交付金の改革は、大学をつぶすことが目的ではない。大学自らが生きの
こるための考えを引き出すための刺激だ。「くれない症候群」を続けて仮に大学がつぶれ、学生に迷惑がかかることがあれば、将来を真剣に考えなかった大学
幹部の責任ではないか。

 国立大学協会理事
 林勇二郎・金沢大学長
 旧帝大へ資金さらに集中

人件費や光熱費などをまかなう運営費交付金は国立大の基盤を支えている。04年の法人化以降、毎年1%ずつ減らされており、財政状況は厳しい。1%減
をやめる代わりに交付金の配分ルールを競争的にするという経済財政諮問会議の提案は乱暴すぎる。

交付金が研究成果に基づいた競争的な配分になれば、人文系の基礎研究や萌芽的な研究が停滞するのは確実だ。研究費を獲得するために「もうかる研究」に流れれば、多様で均衡ある学問の発展を妨げ、諮問会議が求める大学の個性化の実現も難しくなる。

(科学研究費補助金などの)競争的な補助金を国が優先配分している先端的研究は理工系と医薬系に集中し、年々大型化している。交付金の配分まで競争的になれば、大規模な施設と大勢の教員がそろう旧帝大などの有力大に資金がいっそう集中する。地方の文系単科大など小規模な大学には予算が回らず、大学間と、立地する地域間の格差を拡大しかねない。

人口が少なく、生産力も小さい地方の国立大の財政は、今も非常に厳しい。運営費交付金を除けば、学生納付金と外部資金が主な収入だが、どちらも大都市のようには期待できない。諮問会議の提案は、地方全体を底上げして国力を増すという政府の考えにも逆行する。

競争的な補助金は今後も増え続けるだろう。が、あくまで基盤経費分を確保した上での話だ。

法人化以降、国立大は「何でもやろう」という機運が高まっている。が、そうした変化や改革がほとんど国民に伝わっていない。大学の実情を正確に伝えていく必要性を感じている。同時に、大学に大胆な提案をする団体には、現状をよく理解してから主張を展開するよう注文したい。

◆安倍政権の重点課題に直結

市場での競争を重視する規制改革会議は交付金を「教育目的」に絞り、「研究」への助成は成果配分とする提言を出す予定だ。

一方、国立大学協会は伊吹文科相に交付金の確保を訴える要望書を提出。文科省も「競争原理を導入すれば、87の国立大のうち地方を中心に47校が存続
できない」との試算をまとめた。

安倍首相は4月、教育再生会議で議論をまとめるよう指示、政府内6会議の合同会合も開かれた。「世界」と「地方」をにらみ、再生会議が近くまとめる第2次報告で説得力ある改革案を打ち出せるかが問われる。

安倍政権が掲げる重点課題のうち、「教育再生」と「成長力強化」の両方に関係するのが、教育と研究を担う大学・大学院の改革だ。国立大の運営費交付金を巡っては政府の有識者会議から提言が相次ぎ、主張がぶつかっている。

財界人と学者が2人ずつの経済財政諮問会議の民間議員は2月、「国際化や教育実績などんぢついての努力と成果に応じた配分ルール」に見直すよう主張。 反論したのが総合科学技術会議で有識者議員が3月、配分ルールは維持しつつ総額を増やしてこそ競争力強化につながる、と提言した。

なお、キーワード=運営費交付金、国立大全体の収入の内訳(円グラフ)は省略