『読売新聞』2007年5月2日付

国立大の運営費配分 競争原理 是か非か


国から国立大学に支給される「運営費交付金」の配分方法を巡り、経済財政諮問会議と文部科学省がせめぎ合いを続けている。

諮問会議・先端分野に重点投資 文科省・基礎研究の衰退懸念

大学の努力や成果に応じた予算配分を主張する諮問会議に対し、「学問の成果は簡単に評価出来ない」と反発する文科省や国立大。背景には、教育にどこまで競争原理を持ち込んでいいか、という根本的な問題が横たわっている。(社会部 村井正美、政治部 橋本潤也)

対立激化

「国立大の運営費交付金は、努力と成果に応じたものに大胆に転換すべきだ」。議論の発端は、御手洗冨士夫・日本経団連会長ら経済財政諮問会議の民間議員4人が2月27日に出したペーパーだった。

運営費交付金は、教員の人件費や教育・研究費に充てられる大学の主要財源だ。全国87の国立大に総額約1兆2000億円。国立大が法人化した2004年度以降、09年度まで各大学とも一律に年1%ずつ減額されるが、ペーパーは、10年度以降に一律の削減から競争原理を導入した配分へと転換するよう提案した。

3月8日に開かれた国立大学協会の総会では、出席した国立大の学長から悲鳴に近い反論が相次いだ。

「成果のわかりやすい研究面だけで評価すると教育が滅ぶ」「運営費交付金は大学にとって生活費。これ以上、削られるとつぶれる」

これらの声を受け、伊吹文科相は4月17日の諮問会議で、安倍内閣が教育再生を最重要課題に掲げていることを挙げ、運営費交付金の削減の見直しを訴えた。一方、尾身財務相は「87もの国立大を維持する必要があるのか」と問題提起し、民間議員のペーパーを支持。真っ向から対立した。

民間議員の意図

競争原理の導入を巡っては、文科省が01年の「大学の構造改革の方針」で、国立大の大胆な再編・統合や経営への成果主義の導入を打ち出した過去がある。02年に99あった国立大は統合で87にまで減り、第三者による評価制度も始まったが、具体的な改革についてはあくまで各大学の自主性に委ねられていた。

これに対し、諮問会議では、民間議員から「大学の質の向上を、個々の大学に期待するだけでは不十分」(八代尚宏・国際基督教大教授)、「地方の大学は同じような総合大学を目指し、地域の特色を生かしていない」(御手洗氏)などの発言が相次いだ。

発言の背景にあるのは、ハイテク先進国を目指し、急成長を遂げるインドや韓国などに対する危機感だ。日本の大学は、世界の優秀な学生や研究者が最先端の研究を求めて集う場になっていないとの思いがある。

民間議員の伊藤隆敏・東大大学院教授は「可能性のある大学をさらに伸ばすべきだ」と述べ、世界の舞台で有名大学と渡り合う力量を持つ可能性がある大学に、重点投資をすべきだと主張。地方の国立大については、大胆な再編・統合もやむを得ないとの姿勢をとる。

最悪の条件で文科省試算 47大学つぶれる

大学側の思い

運営費交付金に競争原理が導入された場合、どれだけの大学が生き残れるのか――。文科省が民間議員のペーパーを受け、ひそかにシミュレーションを行ったところ、最悪の条件では47大学がつぶれる、という衝撃的な結果が出た。

地方の国立大は、地域で働く教員や医師を養成したり、技術開発力の弱い地元の中小企業の依頼で共同研究を行ったりしている所も多い。和歌山大の小田章学長は「地方の大学をつぶすことは都市部と地方との格差をさらに広げる」と危機感を募らせる。また、競争原理の導入で、成果がすぐに出ない基礎科学や歴史研究などの分野が衰退すると懸念する声もある。

国立大学協会と、自然科学研究機構など四つの国の研究機関は4月、伊吹文科相に運営費交付金に関する要望書を提出。「短期的に成果が期待されるような研究に対する資金だけでは、将来の応用研究の芽を枯渇させる」と訴えた。

群馬大の鈴木守学長も「基盤的な部分に競争を持ち込むと、派手な研究にばかり目が向くことになり、学問の本質が狂いかねない」と指摘している。

経済財政諮問会議 首相を議長に、経済や財政、予算編成に関する重要事項を協議する機関。2001年1月の中央省庁再編時に設置された。議員は10人以内とされ、官房長官や経済財政相らのほか、財界出身者や大学教授の4人の民間議員からなる。

財政支援巡り温度差

経済界グループ 教育・研究グループ

大学・大学院改革を巡っては、政府内で経済財政諮問会議、教育再生会議のほか、アジア・ゲートウエー戦略会議、イノベーション25戦略会議、総合科学技術会議、規制改革会議が、それぞれ提言を出している。

6会議とも、大学・大学院の「国際化」「国際競争力の強化」など、目指す理想は重なる部分も多いが、温度差があるのは国による財政支援のあり方だ。主に財界人や規制改革論者からなる諮問会議や規制改革会議などの「経済界グループ」と、大学関係者や研究者が中心を占める再生会議や総合科学技術会議などの「教育・研究グループ」との間に、意見の相違が目立つ。

「経済界グループ」は、日本の経済成長力強化を念頭に、優秀な研究により多くの資金を配分する競争的資金の割合の拡大を打ち出す。それに対し、「教育・研究グループ」は、日本の大学・大学院などの高等教育予算は「国際的に見て少ない」と指摘。大学間競争の必要性を認めつつ、「経済的効率性だけで進めてはいけない」(小宮山宏・東大学長)と主張し、国立大の基盤的経費としての運営費交付金の確保を訴える。

意見の対立を受けて、安倍首相は再生会議を中心に議論の取りまとめを指示。結果は、6月の政府の「経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太の方針)」に盛り込まれる。

バランスの取れた仕組みに

長期に安定して支給されるが、その分、大学がぬるま湯体質に陥りやすい――。運営費交付金は長年、その弊害も指摘されてきた。予算配分に何らかのメリハリが必要なのは確かだ。

ただ、単純に競争原理を導入すれば、各大学とも、予算獲得のために成果の出やすい開発研究に力を注がざるを得なくなるかもしれない。国立大学には、基礎研究や教員養成などの多様な役割も期待されている。こうした点にも配慮しながら、各大学の努力と成果を適切に評価出来る仕組みづくりを進めてはどうか。(村井)