《声明》 国立大学の基盤を崩壊させる運営費交付金配分のさらなる競争主義化 − 経済財政諮問会議有識者議員による大学・大学院改革の提言 −

2007年3月30日 国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局

 2月27日の経済財政諮問会議において,「成長力強化のための大学・大学院改革について」と題する有識者議員による提言が発表された.有識者とは伊藤隆敏氏(東京大学大学院経済学研究科(兼)公共政策大学院教授),丹羽宇一郎氏(伊藤忠商事株式会社 取締役会長),御手洗冨士夫氏(キヤノン株式会社代表取締役会長 日本経済団体連合会会長),八代尚宏氏(国際基督教大学教養学部 教授)の4名である.提言及びそれに関連する資料や会議での議論は経済財政諮問会議のサイト(http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2007/0227/agenda.html)を参照していただきたい.

 この提言は大きく3つの部分にわかれ,1では「イノベーションの拠点として」として,研究予算の選択と集中を進め,国際的に評価の高い研究者が審査する体制を整えることや,競争的資金の割合を少なくとも平成二十二年度までに現行制度の二倍(科学技術関係予算の約三割)などを,また,2では「オープンな教育システムの拠点として」と題して,文系・理系の区分の撤廃,入試日の分散化,九月入学の実現などを提言している.さらに,3では「大学の努力と成果に応じた国立大学運営費交付金の配分ルール」として,国立大学法人と私学を区別せず,国の支援は大学の努力と成果に応じたものにするよう大学再編も視野にいれて提言している.提言の前半部である研究予算の選択や集中化,大学の国際化や入試日の分散などについては,是非はともかくとして今までの様々な提言でも言われてきたことであり,特に目新しい内容ではない.新聞報道などの見出しにもされるように,この提言の本質は,国立大学の運営費交付金の配分ルールをより競争的に見直すことにある.

 これに対して,臨時議員として出席した伊吹文科相は,「提言に異論はないが,大学の努力と成果をどう評価するかは難しい.大学の多様な取り組みを支援するような形,文部科学省が一つの方法を打ち出すようなことはなるべく避けたい」として,間接的ながらも批判的な見解を述べている.一方で安倍首相は,「「骨太の方針二〇〇七」に意欲的な大学改革のプランが盛り込まれるよう,教育再生会議とも連携を取って精力的に議論をしてほしい」と期待感を表明している.この提言については,同じ日付の朝日新聞(http://www.asahi.com/edu/news/TKY200702260492.html)や読売新聞などで報道されるとともに,3月18日付の朝日新聞1面でも,「国立大,競争原理に悲鳴 文科省試算 交付金見直せば校数半減」という見出しで国大協や文科省の対応が報道されており(http://www.asahi.com/edu/news/TKY200703170284.html),国立大学関係者に大きな衝撃を与えた.また,教育再生会議においても経済財政諮問会議の提言も含め大学改革の議論を開始した(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/3bunka/dai7/7gijigaiyou.pdf).


 この提言には重大かつ深刻な問題点がある.

 まず,この提言の前提となっている大学に対する認識には驚かざるをえない.日本の大学が世界の潮流から大きく遅れていると評価したうえで,「大講座制」「受験競争」「学閥」を戦後レジームの象徴として根絶の対象としてあげているのである.大講座制は,硬直化し閉鎖的な環境を生む出す一つの要因となっている講座制に代わる組織として,近年でも多くの大学で取り入れられており,これが大きな弊害を生み出しているとは考えがたい.受験競争や学閥についても,これらが悪影響を及ぼす問題であることは否定しないが,一昔以上前ならばともかく,現在これらが大学改革の主要な課題と考える大学関係者は少ないのではないだろうか.この部分を見ただけで,この提言が大学の現状を十分に分析・評価したうえで作成されたものではないことは明らかである.

 本事務局でも再三指摘してきたが,現在の国立大学の最大の問題点は財政問題にあるといって過言ではない.特に法人化直後からはじまった運営費交付金の1% 効率化係数などによる逓減と,昨年度からの人件費5%削減によって,ほとんどの国立大学,とりわけ企業からの寄付など外部資金の獲得が困難な地方の大学や文系の単科大学においては,危機が進行している.このことは,論座の特集「国立大学法人3年目の回答,全学長アンケート」(論座 2006年6月号64〜87ページ,同7月号186〜206ページ)などに表れている.

 国立大学の財政が危機的な状況になった原因のひとつに運営費交付金の性格がある.国立大学法人法案の審議段階では,運営費交付金は従来の交付金制度を引き継いで「収支差額補填方式」が想定されていた.しかし,法案成立後,財務省は強引に「総額管理・各種係数による逓減方式」を要求し,文科省はこれを受け入れたのである.このため,国立大学法人はひたすら経営重視に傾斜し,特に附属病院はその半数で赤字転落が懸念されていることもあって,収支改善のために収益部門の重視と混合診療の導入へと向かっている.この方式によると政府や財務省サイドにとってみれば,前年度比何%削減というように,管理することは易しい.しかしその半面,個々の大学の現場では教育研究経費の削減や人件費削減が極限近くまで行われ,十分な教育研究がたちゆかない状況が生まれつつあるのである.このような状況の中でさらに運営費交付金の配分が競争的にされれば,多くの国立大学の基盤が根底から崩壊することは明らかである.

 今回の有識者提言は,国立大学が財政的に厳しい状況にある実態を受け,経済効率の観点から,競争をさせて選別淘汰し,結果的に国立大学をスリム化することを狙っているものといえよう.本事務局は,高等教育の機会均等や,多様な人材の育成,学術研究の発展という観点から,現在の国立大学の規模は維持するべきであり,そこでの教育研究に必要な費用は原則的には国が責任を持って支給するべきであると考える.従って,この有識者提言のような運営費交付金配分の競争主義化は断固阻止しなければならないと考える.そのために,経済財政諮問会議や教育再生会議などを中心に引き続き行われる議論に対して注目するとともに,国立大学の財政のあり方についての検討を進めていく所存である.

 最後に,このような国立大学全体の根幹にかかる問題については,国立大学協会がしかるべき対応をすべきであることを強く訴えたい.今回の有識者による提言は十分な現状分析や評価を欠いた粗雑な提言とはいえ,経済財政諮問会議の影響力を考えると決して軽視するべきではない.残念ながら3月上旬に開催された総会では「学長らから悲鳴に近い訴えが相次いだ。「日本の大学教育がほろびかねない」「地方の大学は抹殺される」」(朝日新聞3月18日付)と話題にはなったものの,何も対応策が議論されなかったと聞く.今までも国立大学協会は,法人化の重要な局面や人件費削減問題の時など,政府側と正面から対峙する事を避け,国立大学全体の危機の進行を食い止める歯止めになってきたとは言いがたい.このまま何もせずにいくと,国立大学協会は自らの基盤の崩壊に手を貸したという批判を受けることになるであろう.