【アピール】公述人・参考人として教育基本法案の徹底審議を求めます

 私たちは、衆議院及び参議院の教育基本法に関する特別委員会において、参
考人、地方及び中央公聴会での公述人として意見を述べた者です。私たちはそ
れぞれ自分の研究している専門的な立場などから、政府の教育基本法案につい
て様々な危惧や問題点を指摘しました。

 それらは、例えば次のような問題です。

 1.政府法案は、「教育基本法(…)の全部を改定する」としていますが、なぜい
ま教育基本法の全面改定が必要なのか、ということが何も明らかにされていませ
ん。さらに、GHQによる押しつけなどという教育基本法制定史についての誤った
認識が払拭されていません。

 2.政府法案のように改定したら教育がどうなるのか、こんにち教育や学校が直
面している「いじめ」をはじめとした諸問題が政府案によって解決されるのか、また、
それらは現行教育基本法ではなぜ解決できないと考えているのか、などが何も明
らかにされていません。

 3.政府法案17条の教育振興基本計画には学力テストが盛り込まれることが予
定されておりますが、これにともない、自治体の判断による各学校ごとのテスト成
績の公表やテスト成績に基づく生徒一人当りの予算配分の制度なども導入されよ
うとしています。これらの政策が、学校選択の「自由化」や「学校評価」「教員評価」
とあいまって、教育をますます競争主義的なものとし、子どもの成長発達に今以上
の歪みをあたえることは明白です。

 4.現行の教育基本法は、教育の基本的な理念・原則・枠組と政治・行政の責務
を規定したものです。その特徴は、憲法第99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国
会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とい
う規定と同様、近代立憲主義の原則に立ち、国家権力・行政権力を拘束する規範
(権力拘束規範)になっているという点にあります。それに対して、政府法案は、子
ども・家庭(保護者)・大学などに命令する規範(国民命令規範)が目立つものとなっ
ています。政府には、このような重大な変更を行う正当な理由を明示する責務が
ありますし、立法府には、その是非を十分に審議検討する責務があります。

 5.教育基本法のような理念法、教育の根本法規に「教育の目標」を規定すれ
ば、その達成度の評価を通じて、教育の自律性・自主性や個人の内心の自由が
侵害される危険があります。しかも、「目標」には「愛国心」をはじめ20を超える徳
目が盛り込まれていますが、これは、国家が特定の「道徳規範」を強制することに
なります。

 6.政府法案は現行法10条1項の「教育は不当な支配に服することなく」という規
定を残していますが、政府法案の「不当な支配」とは何を指すのか、誰の何に対す
る支配のことなのかが明確ではありません。現行法第10条1項の「(教育)は国民
全体に対し直接責任を負って行われる」の文言を削除し、「(教育は)この法律及
び他の法律の定めるところによって行われる」という規定に変えた政府法案は、
国会で多数で決めれば政府がどんなことでもできるようにしています。これは、国
家・政府による教育への介入を無制限に許すことにつながります。

 7.政府法案は憲法に違反するのではないかと危惧される内容を多々含んでい
ます。憲法との関係、子どもの権利条約との関係について、各条文の検証が必要
です。特に、政府は、法案16条1項の根拠として、76年の最高裁学テ判決を援用し
ていますが、その援用が最高裁学テ判決の理解としては誤っているばかりか、最高
裁学テ判決に照らしても違憲と判断されうる内容となっています。

 8.政府法案第13条の「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけ
るそれぞれの役割と責任を自覚する」というのは、具体的には何を意味するのか不
明です。

 以上に例示したことはほんの一部に過ぎません。私たちが述べた審議すべき重要
な課題について、衆議院の特別委員会ではほとんど審議されませんでした。中央公
聴会の場合は、私たちが述べたことは、一度も審議する時間もないままに与党のみ
によって法案採決が行われました。

 教育基本法は教育に置ける根本法であり、憲法に準ずる大切な法律です。それを
廃止して新法を制定しようとするならば、国民の意見を十分に聴き、それを国会審議
に反映させるべきです。私たちが述べた意見は国民の意見の重要な構成要素だと確
信しています。それについて、ほとんど議論がなされないままに法案が採決されるのは
重大な問題であり、将来に禍根を残すことになります。

 最近の世論調査でも、政府法案について、「今国会成立にこだわるべきではない」が
55%で、「今国会での成立が必要」というのは19%に過ぎません。自民党支持者でさえ
「今国会成立にこだわるべきではない」が53%で、「今国会での成立が必要」は25%で
す(日本経済新聞11月28日)。また、教育基本法「改正」で教育はよくなると思うかとい
う質問に対して、「よくなる」と答えた人は4%、「悪くなる」が28%、「変わらない」が46%
です(朝日新聞11月25日be)。国民の多数は今国会での成立を望んでいませんし、十分
な時間をかけた徹底的な議論をこそ求めているといえます。

 与党の中には、「何時間やったのでもう議論は十分」という意見があると伝えられていま
す。しかし、このような大切な法律の制定では、何時間ということよりも、何をどのように議
論したかということこそが問われなければなりません。参議院においても私たちが指摘し
た法案の内容そのものについての議論はきわめて不十分だといわざるをえません。

 以上のようなことから、私たちは十分な議論のないままの拙速な採決に反対します。私
たちは現行教育基本法と政府法案の関係、法案の各条文、条文と条文との関係などにつ
いて、十分な時間をかけた徹底審議を要求するものです。

2006年12月6日

 市川 昭午(国立大学財務・経営センター名誉教授、参考人)
 岩本 一郎(北星学園大学教授、公述人)
 大田 直子(首都大学東京教授、公述人)
 尾木 直樹(評論家・法政大学教授、参考人)
 粕谷 たか子(静岡県高等学校障害児学校教職員組合執行委員長、公述人)
 喜多 明人(早稲田大学教授、公述人)
 高橋 哲哉(東京大学教授、公述人)
 土屋 基規(神戸大学名誉教授、公述人)
 出口 治男(弁護士・日弁連教育基本法改正対策協議会議長、公述人)
 中嶋 哲彦(名古屋大学教授、参考人)
 中森 孜郎(宮城教育大学名誉教授、公述人)
 成嶋 隆(新潟大学教授、参考人)
 西原 博史(早稲田大学教授、公述人)*
 広田 照幸(日本大学教授、公述人)*
 藤田 英典(国際基督教大学教授、参考人)*
 堀尾 輝久(東京大学名誉教授、参考人)
 世取山 洋介(新潟大学助教授、参考人)
*は呼びかけ人 (2006年12月7日現在)