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新首都圏ネットワーク

【議事録耽読 国立大学法人評価委員会(その1)】

2005年度の国立大学授業料標準額値上げを、国立大学評価委員会はどのように受けと
めたのか?

−知的能力を欠いた国立大学評価委員会と我々はどう対峙するか−

2005年11月9日 国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局 評論員 βω

要旨

2005年度予算案において文部科学省は、概算要求時には予定していなかった国立大学
授業料の標準額の値上げを、同じく予定されていなかった運営費交付金の削減との抱
き合わせで盛り込んだ。このような予算案について、国立大学法人評価委員会の総会
(第8回、2005年3月8日)において同委員会事務局である文部科学省は、委員に対
して「授業料の改定と運営費交付金の増減は関係がない」と説明した。しかしこの説
明は、運営費交付金の算定ルールに照らしても虚偽であり、少なくない報道や大学人
が、授業料標準額の値上げ自身やこれと抱き合わせとなった運営費交付金削減を、こ
の総会の以前から批判していた。委員会事務局がこの関係を糊塗するために用いた論
理は、国立大学法人評価委員会の過去の総会議事録や資料に照らしても明白な食い違
いを持つのみならず、説明とさえ呼べない支離滅裂で恣意的な言説となっていた。に
もかかわらずこの総会に出席した委員たちは、委員会事務局によるこのような説明に
対して、矛盾や問題点を察知することもなく、また既になされていた批判を想起する
こともなく、実質的に完全なる黙過によってこれに応えた。我々は、このような国立
大学評価委員会にどう対峙するべきか。

目次
1.はじめに
2.委員会事務局=文部科学省による授業料標準額値上げの説明とその虚偽 総会
(第8回)
3.運営費交付金と授業料標準額の関係を「正しく」説明した委員会総会(第4回)
4.委員の常識をはかる −「虚心坦懐」に審議に臨めるはずのない委員−
5.概算要求と予算案との比較:運営費交付金の増減と関係がないのは「病院診療関
係相当分」の削減額
6.問題点の更なる精査:総会(第8回)で委員会事務局が示した論理の暗い陥穽
7.総会(第8回)で委員たちは何を議論し、何を黙過したか
8.まとめにかえて −国立大学法人評価委員会の「再生」と「解体」のあいだ−

1.はじめに

国立大学法人評価委員会(以下、「委員会」)総会(第8回)は2005年3月8日に開催
され、国立大学法人の平成17年度予算について、委員会事務局(文部科学省)から報
告が行われた後、質疑応答が行われた(同議事要旨より)。委員会では2005年度予算
案の財務省原案が策定されて以降、2005年1月6日から17日に至る持ち回り審議による
総会(第7回)が開催されているが、その際には予算案に関する審議は行われていな
い。したがって総会(第8回)が2005年度予算をめぐって委員会が審議を行う最初の
総会となった。

総会(第6回、2004年10月22日)で審議された概算要求からの大きな変更点となる授
業料標準額の値上げに関して、委員会が報告を受けたのは、2005年度政府予算案が衆
議院を通過した3月2日の約一週間後のこの総会(第8回)となっている。したがっ
て、国民特に学生とその保護者にとっての負担増となる授業料標準額の値上げを予算
案に盛り込んだ文部科学省(委員会事務局)に対して委員会が示す見識と態度を精査
することは、そのまま、この委員会とその委員会による国立大学評価に対する信頼の
度合いの精査につながる。

文科省による、概算要求に盛り込まなかった裏切り的とも言えるべき標準額値上げに
対して委員会がとった見識と態度は、所詮文科省傘下の組織としての立場に徹するも
のだったのか、それとも微塵ではあっても負担増を強いられる学生やその保護者の感
情や経済事情などに配慮するものだったのか。総会(第8回)の議事録を追うことに
よってこれを世の明るみに出さしめたい、というのが拙稿執筆者の意図である。

ただし拙稿では、委員会委員の立場を精確に評価するために、委員会で配布されてい
る資料および議事録以外の資料にもとづく論及を可能な限り排することにした。すな
わち、報道一般や各種論説その他あらゆる言説を、委員会と委員に対する分析の参考
とは極力しないこととした。具体的には、以下の資料に基づいて拙稿は議論を進めて
いる。

「審議会情報(国立大学法人評価委員会)−文部科学省」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/index.htm
特に「国立大学法人評価委員会 総会(第8回)議事録・配付資料」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/gijiroku/001/05042301.htm
と、関連して参照する「国立大学法人評価委員会 総会(第4回)議事録 」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/gijiroku/001/04021701.htm
ならびにこれらが引用している諸資料である。

資料についてのこのような選択方針が、授業料の負担増が直接に問題となる学生やそ
の保護者の立場に対しては不利かつ不適切な態度となりかねないことを心得ている。
資料の上記のような選択の基準により、拙稿の傾向が委員会、特にその事務局である
文科省の言い分に傾斜しかねないからである。

にもかかわらず、筆者は拙稿の結論が、授業料標準額値上げを疑問視・問題視しこれ
に反対する言動を興した学生とその保護者、大学関係者をはじめとするすべての諸氏
にとって、大枠ではその意向に沿うものとなったことと自負する。今日の行政府につ
いて批判的に分析し告発する際に選択する資料が、仮にその議事録単独であったとし
ても、そこには(自己)矛盾が満ち、欺瞞がまかり通っていることを拙稿は明らかに
した。そして拙稿の賢明なる読者にはお分かりいただけよう。授業料標準額値上げに
対して当時興った言動は、行政府による、この(自己)矛盾の解消と欺瞞の一掃とい
う必然に対しても寄与する性格をも有していたこと、行政府はその機会をまたしても
逸したことを。


2.委員会事務局=文部科学省による授業料標準額値上げの説明とその虚偽 総会
(第8回)

いま問題としている総会(第8回)が以下の出席者によって構成されていたことを、
まず記しておく。

(委員) 野依良治委員長(独立行政法人理化学研究所理事長)、椎貝博美委員長代
理(社団法人日本河川協会会長、山梨大学名誉教授、筑波大学名誉教授)、阿部博之
委員(総合科学技術会議議員、東北大学名誉教授)、飯吉厚夫委員(中部大学長)、
ウィリアム・カリー委員(上智大学長)、奥山章雄委員(日本公認会計士協会会長、
中央青山監査法人代表社員)、勝方信一委員(読売新聞東京本社論説委員)、寺島実
郎委員(財団法人日本総合研究所理事長、株式会社三井物産戦略研究所所長)、鳥居
泰彦委員(慶應義塾学事顧問、日本私立学校振興・共済事業団理事長)、南雲光男委
員(日本サービス・流通労働組合連合顧問)、丹羽雅子委員(奈良女子大学名誉教
授)、舘昭専門委員(桜美林大学大学院国際学研究科教授)、宮内忍専門委員(日本
公認会計士協会常務理事)、朝岡康二専門委員(沖縄県立芸術大学長)、伊賀健一専
門委員(独立行政法人日本学術振興会理事)
(オブザーバー) 木村靖二大学評価・学位授与機構評価研究部教授
(委員会事務局) 石川明高等教育局長、清水潔研究振興局長、徳永保高等教育審議官、
泉紳一郎高等教育審議官、村田直樹科学技術・学術総括官、布村幸彦人事課長、岡誠
一計画課長、河村潤子政策課長、惣脇宏高等教育企画課長、清木孝悦国立大学法人支
援課長、芦立訓学術機関課長、その他関係官

委員11名、専門委員4名、オブザーバー1名、委員会事務局11名以上、という構成であ
る。

議事冒頭の委員長の発言によれば、総会(第8回)は中期目標・中期計画の変更等の
審議が予定されていたとされる。

議事録より
****************************************************************************
○ 委員長
 それでは、所定の時間になりましたので、第8回目の国立大学法人評価委員会の総
会を開かせて頂きます。本日は、国立大学法人の中期目標・中期計画の変更等につい
てご審議頂くことになっております。
 それでは、事務局から配付資料の確認をお願いします。
****************************************************************************

として議事が開始される。

議事はまず委員会事務局による配布資料の確認ののち、委員会事務局による予算案に
関する報告から始まるが、その冒頭で、委員長が次のように述べたことになる。

議事録より
****************************************************************************
○ 委員長
(中略)
 それでは、議事に移らせて頂きます。まず、中期目標・中期計画の変更の審議の前
提と致しまして、平成17年度の予算案について報告して頂きたいと思います。事務局
からよろしくお願いします。
****************************************************************************

この文言は、委員会の性格を表しているといえる。すなわち、委員会は、中期目標・
中期計画の変更の審議を含む「国立大学法人等に関する事務を処理」(国立大学法人
法第九条)をすることがその任務である。委員会にとって、予算案の報告に基づく審
議は、法文上の直接の要請とはならない。しかしもちろん国立大学法人にとっては予
算措置が中期目標・中期計画の達成に影響を与えるのは明らかであり、これを「中期
目標・中期計画の変更の審議の前提」と称している、と読み取ることが出来る。

委員長に促され、委員会事務局は予算案についての説明を始める。拙稿ではこのうち、
運営費交付金と標準額に関する委員会事務局の説明の箇所を、最低限の分量で、段落
の単位で抜粋することにする。

議事録より
****************************************************************************
 1枚めくって頂きまして、この後ご説明致しますが、運営費交付金は効率化係数等
がかかりまして減るという要素がありますが、各大学の個性に応じて積極的な取り組
みを展開して頂くために、各大学の努力に応じて増える仕組みを導入しておりますが、
それがこの特別教育研究経費というものです。額としてはここにありますように、約
786億円を措置しております。趣旨は、ここの1番上にありますように、各大学のそ
れぞれ特色に応じて、個性に応じた意欲的な取り組みを重点的に支援していこうとい
うものでして、大きく分けると、ここにある5分野ということで措置しております。
「教育改革」、「研究推進」、「拠点形成」、「連携融合事業」、「特別支援事業」
で総額が786億円ということです。

 次のページにいきまして、これが国立大学法人全体の予算の概要です。1番下にあ
りますが、収入・支出を対比させて事業費で総額2兆2,065億円です。収入のところを
ご覧頂くと、これは後ほどご説明致しますが、1つは授業料標準額の年額15,000円の
改定ということで約81億円増収ということになります。それから、運営費交付金です
が、98億円の減ということで1兆2,317億円です。1番下の欄にありますが、病院収入
に経営改善分92億円というのがありまして、これは病院の経営改善によって収入が92
億円増収であるという見通しの下に計上しているものです。支出の方ですが、教育研
究経費が右上にありますが、約1パーセントの効率化減となっており97億円減のはず
でしたが、ここは46億円何とか増やしまして差し引き51億円減となっております。そ
の下が、先ほどご説明致しました特別教育研究経費です。その下で退職手当・特殊要
因等必要な額を確保しています。全体でみますと運営費交付金は98億円減ということ
ですが、事業費ベースで見て頂きますと、1番下にありますが、対前年度91億円増と
いう結果になっております。これによって運営費交付金は減っておりますが、各大学
が前年度と遜色なく教育研究活動を展開して頂けるだけの経費は何とか確保できたと
考えております。

 もう1枚めくって頂きますと、授業料の標準額の改定についての資料があります。
今まで国立大学の時代は、国が一律に授業料を定めていたわけですが、法人化後は国
が標準額を定めまして、この標準額を基に各大学で具体的な授業料を設定頂くという
ことになります。標準額の1割、110パーセントを限度として各法人で設定頂くので
すが、来年度は、私立大学の学納金の状況や、進学率が今短大も含めて5割弱ですが、
一方では5割の方が高等教育、大学・短大に進んでいないという状況がありますので、
高等教育を受ける人と受けない人の負担のバランス、そういうものを勘案致しまして、
最終的にはここにあるような形で年額15,000円、月額1,250円の標準額改定ということ
を考えております。実際に各大学で検討した結果、6大学で標準額と違う設定をして
おります。佐賀大学は完全に据え置きですが、あとは東京大学や小樽商科大学などで
博士課程だけ据え置きとか、或いは前期分だけ据え置きというような大学が現在のと
ころ6大学あります。残りの大学は未定のところもありますが、ほとんどの大学が標
準額通りに引き上げるというような状況です。予算の関係は以上です。
****************************************************************************

ここで委員会事務局が指している資料は以下のものである。引用文中第一段落は
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/gijiroku/001/05042301/001.htm
第二段落は
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/gijiroku/001/05042301/001/001.pdf
第三段落は
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/gijiroku/001/05042301/001/002.htm
になる。拙稿では特に上記二篇目の資料にたびたび言及するので、以下これを予算資
料と呼ぶことにする。

標準額値上げの論拠は上記引用文中第二段落に記されており、その予算資料とあわせ
て、委員会事務局による説明の精読を試みることにする。これは、引き続く委員会事
務局の説明や委員の発言を吟味する上でも前提となる基本情報である。

予算額の比較対象は前年度額であることを明記しておく。まず、収入・支出を対比し
た事業費総額が約2兆2千億円となるというのが予算の全体像であり、対前年度で91億
円増である。すなわち、収入・支出ともに91億円ずつ増額されたことになる。その内
訳を、資料に基づいて収入について見るならば、病院収入が104億円増、運営費交付
金が98億円減、雑収入が1億円減、そして授業料等が86億円増、その総和が91億円増、
また支出について見るならば、教育研究経費等が51億円減、特別教育研究経費が45億
円増、退職手当・特殊要因が78億円増、病院関係経費が19億円増、その総和が91億円
増という加減演算の結果は誰の目にも間違いないことを確認しておく。

審議はこのあと、委員会事務局がわざわざ、授業料に関して言葉を加える。以下に、
上記の委員会事務局による説明に続く箇所を引用する。

議事録より
****************************************************************************
○ 委員長
 はい、ありがとうございました。
● 事務局
 1点だけ補足させて頂きます。国立大学の授業料に関しましては、様々報道があり
まして、例えば、これによって運営費交付金が減額になったというようなことも、時
に報道されていますが、先ほど表のところでご覧頂きましたように、個々の大学の事
情はともかくとして、国立大学法人全体で見れば、病院収入の増と支出の増という中
で運営費交付金の減は全部で98億円ありますが、その主なものは病院関係の経営改善
係数によるものです。従って、そちらの方ではわずか数億円という減にとどまってい
るところでして、授業料の増86億円に対して事業費全体が91億円上回っておりますの
で、いわば、授業料を改定したということは、運営費交付金の増減に対しては何にも
影響も与えていない。要するに、運営費交付金が減ったからそれを補填するために授
業料の標準額を改定したのだとか、或いは標準額をアップしたから運営費交付金が減っ
たのだとか、そういうような報道がありますが、そのことについては、改めて、授業
料の改定と運営費交付金の増減は関係がないということを申し伝えたいと思います。
****************************************************************************

委員会事務局による説明からは、運営費交付金の減を授業料改定によって措置したと
の言説に反駁し、これらの間に関係はないと主張する意図があることが読み取れる。
委員会事務局の主張における運営費交付金の数字を、予算資料も踏まえながら整理し
てみる。

1.病院の事業費は、収入・支出とも前年度比19億円増の6,560億円である。
2.しかし病院収入は104億円増の6,061億円である。
3.したがって、運営費交付金の病院診療関係相当分は、85億円減の499億円である。
4.運営費交付金の減額98億円のうち、「病院診療関係相当分」の減額85億円が主な
ものである。
5.ゆえに運営費交付金の98億円の減額に対して、授業料改定86億円は関係ない。
6.また事業費全体が91億円増にたいして授業料改定は86億円であり、やはり授業料
改定と運営費交付金の減額とは関係がない。

このような筋立てで委員会事務局は論じているのである。なお、経営改善係数等の議
論はここでは無関係なので端折ることにしたが、後に触れることにする。


3.運営費交付金と授業料標準額の関係を「正しく」説明した委員会総会(第4回)

しかし上に引用した文章の最後の一文、「授業料の改定と運営費交付金の増減は関係
がない」という論及は明らかに虚偽である。

「国立大学法人運営費交付金算定ルールの概要」と題された資料が、委員会総会(第
4回、2004年2月17日)で配布されている。同ルールに関する資料が配布されたのは、
2003年10月31日の第1回総会以来、この第4回総会を除いて例がない。したがって委
員会にとってはこの資料が運営費交付金と授業料との関係を示す唯一の資料となる。
ここでしばらく、2005年3月の議論から約一年前の委員会の議論に遡って、その議事
内容に注意を払いたい。

この資料の冒頭に記された「基本的考え方」は次のように述べている。

資料より
****************************************************************************
基本的考え方

○ 国立大学法人が、平成16年度の運営費交付金額を基礎として、平成17年度以
降も、中期目標・中期計画期間を通じ、見通しをもって着実に教育研究を展開し得る
よう、必要な運営費交付金を確保できるものとする。
****************************************************************************

その上で同資料では、運営費交付金を「学部教育等標準運営費交付金」、「特定運営
費交付金」、「附属病院運営費交付金」の三つに分類し、それぞれの算定式を次のよ
うに記している。収入の算定式と合わせて以下に引用する。

資料より
****************************************************************************
学部教育等標準運営費交付金
(一般管理費+学部・大学院教育研究費+附属学校教育研究+教育等施設基盤経費)
− 収入(入学料収入+授業料収入)
(収入)
・入学料収入(毎年度入学定員×標準額)
・授業料収入(毎年度収容定員×標準額)

特定運営費交付金
(学部・大学院教育研究費+附属学校教育研究費+教育研究診療経費+附置研究所経
費+附属施設等経費)− その他収入 + 特別教育研究経費 + 特殊要因経費
(収入)
・その他収入(検定料収入、雑収入等)

附属病院運営費交付金
(一般診療経費+債務償還経費+特殊要因経費)−(附属病院収入)
(収入)
・附属病院収入(前年度病院収入+16年度病院収入×λ)
λ:経営改善係数。2%とする。16年度病院収入に係数をかけた額の増収を見積も
る。
****************************************************************************

この算定ルールを見れば、標準額の値上げによって入学料・授業料収入が増えれば学
部教育等標準運営費交付金の額は減る、という関係が誰にとっても、少なくとも委員
には明瞭であることは明らかである。

この総会での委員会事務局の説明の抜粋を以下に引用する。

議事録より
****************************************************************************
  まず学部教育等標準運営費交付金の内容につきまして、簡単にご説明申し上げた
いと思います。これは一般管理費以下ここに記載の内容で構成され、そこから収入、
具体的には入学料や授業料収入ですが、それを引いて算出するということになりま
す。一般管理費とは、簡単に申し上げれば、役員給与なども含めた本部事務費などで
す。それから学部・大学院教育研究費。これは先程も申し上げましたが、学部や大学
院の設置基準に基づく教員人件費をはじめとした教育研究費です。
****************************************************************************

委員会事務局による説明でも、学部教育等標準運営費交付金は一般管理費以下の内容
から入学料や授業料収入を「引いて算出する」と明瞭に述べているのである。ただし
正確を期するならば、特定運営費交付金と附属病院運営費交付金については、標準額
の改定が与える影響はない。しかし運営費交付金の総額については結局、学部教育等
標準運営費交付金が受ける影響をそのまま反映するのである。

運営費交付金の削減は、効率化係数による削減と、授業料等の増収とによって決定さ
れる、という関係が算定ルールと委員会事務局の説明とによって明らかとなっている。
拙稿が、このことを、吟味の対象としている委員会総会(第8回)審議の更に一年前
の委員会総会(第4回)の資料で確認したことを明記した上で、論題を元に戻すこと
にする。


4.委員の常識をはかる −「虚心坦懐」に審議に臨めるはずのない委員−

総会(第8回)の審議の席で委員会事務局が指摘するように、授業料標準額の値上げ
については「様々報道があり」、「例えば、これによって運営費交付金が減額になっ
たというようなこと」が委員の念頭に、もしなかったとすればそれは委員の怠慢と言
わざるを得ない。本節では、委員がこの総会(第8回)の時点で念頭においてしかる
べき、いわば「常識」について論じるものとする。このような性格上、当初記した拙
稿の方針である、議事録・資料のみに依拠した論述というルールを逸脱することを、
予めご海容願いたい。

2005年度予算案が公表されて以降、各種の報道で、授業料標準額の値上げが運営費交
付金の削減傾向を背景としていることに言及するものが目立った(東京新聞1月23日
付、「結果的に多くの大学が値上げするのは、国から各校への運営費交付金が削減傾
向の中で財源確保を迫られたことなどが背景にあるとみられる。」、読売新聞2月12
日付、「教育研究の基盤整備のために国から交付される「運営費交付金」が削減傾向
のため、大半の大学は「値上げしなければ、大学運営が困難になる」と、“苦渋の選
択”であることを強調。」をはじめ、地方紙、全国紙地方版など)。

一方、東京大学の公式ホームページでは、1月25日付の総長による来年度授業料の値
上げについての説明とあわせて公表された、「国立大学の授業料改定と予算」(経済
学研究科長 神野直彦)が、明瞭に「授業料標準額を改定して81億円の「授業料等」
の増額を見込むことによって、98億円に上る運営費交付金の削減を実現したのであ
る。」と、授業料標準額の値上げと運営費交付金削減との関係を指摘していた(URL
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/b01_06_03_j.html)。同じく理学系研究科長・
理学部長の岡村定矩氏は公式ホームページにおける「来年度授業料についての解説」
で、より端的に「一般的に「運営費交付金の減少が予測される」ので「やむをえず値
上げする」という話ではなく、授業料を値上げしようがしまいが、標準額の値上げは
確実に運営費交付金を削減する仕組みになっているのです。」と明言している(1月
27日付、
http://www.eps.s.u-tokyo.ac.jp/jp/students/info/grad/2004grad/gr2004-256.html)。
京都大学の尾池総長は、「運営費交付金の効率化係数による削減の上に授業料値上げ
分も見込んで削減されるため、ほとんどの国立大学ではすでに「苦渋の選択」として、
授業料の値上げの方針を決定していた。国立大学を法人化する際に「法人化によって
学生の負担増はさせない」としていた国会での文部科学省の発言は、一年もたたない
うちに反故にされてしまおうとしており、国立大学の運営の困難と授業料値上げの説
明の責任を負わされた学長たちは怒りの気持ちを押さえるのに努力しなければならな
い状況となっている。」と怒りの矛先を文部科学省に向け(「京都大学の授業料の検
討にあたって(所感)」、2月25日、
http://www.kyoto-u.ac.jp/uni_int/01_sou/050222.htm)、『文部科学教育通信』
2005年2月28日号でも「多くの大学が値上げを決めたのは、運営費交付金が削減され
る中、授業料収入を考慮しなければ大幅な予算不足になることを懸念したことが背
景。構造的にも、自己収入が増えれば運営費交付金が減る仕組みが悲しい。」(教育
ななめ読み65「適正価格」 教育評論家 梨戸茂史)と嘆じられている。

このような報道や言説の背景の一端には、新首都圏ネット事務局による論説をはじめ
とする各種の分析と批判があったこともまた紛れもない事実である。「2005年度大学
関係政府予算案・授業料問題情報」No.1(1月6日)では既に、「運営費交付金内示額
書式で明らかなように、授業料値上げを前提として「授業料標準額改定増収額」分が
減額された上で、運営費交付金が決定されている。」と指摘し、「05年度国立大学
関連予算案を全面的に批判する」(1月18日)でも「05年度政府予算案は、我々の
指摘どおり、授業料値上げが効率化額、経営改善額に続く第3の運営費交付金削減方
式であることをしめしている。しかも、効率化額、経営改善額が曲がりなりにも「算
定ルール」によって決定されるのと違い、授業料値上げは政府の裁量によって決定さ
れる。ここに至って、第3の運営費交付金削減方式=授業料値上げの出現によって、
運営費交付金は政府の裁量によっていかようにも削減できることになる。」と授業料
標準額の値上げが運営費交付金の削減と抱き合わせとなっている制度的問題点を明ら
かにしていたのである。また全国大学高専教職員組合は中央執行委員会名で「国立大
学の学生納付金標準額の引き上げに反対する」を発表した際に、「学生納付金を据え
置けば、現状でも厳しい運営費交付金が削減される仕組みなどを抜本的に改めるなど、
運営費交付金等の充実と算定ルールの見直しを求め」る、とした。さらに「国立大学
法人法・意見広告の会」は、2月3日付の読売新聞、毎日新聞で「文科省が値上げ予定
の授業料標準額をもとに、各法人に手渡す運営費交付金を決定するというシステムに
なっています。国立大学は、授業料を値上げしなくても、その分の運営費交付金を減
らされてしまうのです。」と論じる意見広告を掲載した(以上、新首都圏ネット事務
局のホームページhttp://www.shutoken-net.jp/を参照されたい)。

授業料標準額の値上げに対する無数の批判と反対の声については、特に学生・大学院
学生や大学教職員の主張も含め、列挙する必要はなかろう。委員たちは、この3月上
旬に催された総会の時点で、授業料標準額の値上げに対するこれだけの批判、とりわ
け運営費交付金の削減との因果関係についての分析に留意する条件があったのであ
る。委員会事務局は、このような批判と分析に対して臆面もなく、運営費交付金と授
業料標準額との関係を否定する論理を改めて持ち出して説明したのであった。さきに
引用した批判や分析に接したことのある者であれば、この説明に対して疑問を持つこ
と、また説明に対して反論することも可能であった。これらの報道や言説への接触は、
もちろん委員の任意である。だがこれらが述べている内容は大学人にとって多少なり
とも「常識」の範囲である。委員によるこの「常識」の共有の有無もまた、委員や委
員会自体への信用を左右する要因となりえる。そしてこの「常識」は、かつての総会
で事務局が行った説明とも符合していたのである。このかつての「常識的」説明と、
総会(第8回)における委員会事務局による虚偽説明との矛盾を委員はどう処理した
のか、追って見ることにする。


5.概算要求と予算案との比較:運営費交付金の増減と関係がないのは「病院診療関
係相当分」の削減額

総会(第8回)で配布された予算資料を、総会(第6回)で配布された資料「平成1
7年度概算要求(国立大学法人)」中の図「平成17年度国立大学法人概算要求の構成
(大学共同利用機関法人を含む93法人)」で示された数字と比較してみることにする。
この作業は次の意味で重要である。すなわち、概算要求時には運営費交付金の増額を
見込んでいたのに対して、予算案策定時にはその減額が見込まれており、この二つの
異なる条件の中でその内訳の相違を見ることは、条件の相違が及ぼした作用の検出に
有効かつ必要である。加えて、委員会事務局が述べるように「授業料の改定と運営費
交付金の増減は関係がない」と「増減」について言及するならば、運営費交付金の
「減」が見込まれている予算案だけでなく「増」が見込まれていた概算要求を精査す
ることによってはじめて、その言辞の当否を検討することが可能となるのである。

概算要求の大まかな特徴を予め二点だけ述べれば、概算要求時は、運営費交付金の約
360億円の増額を見込んでいた点、授業料標準額の値上げを見込んでいなかった点、
である。以下に、事業費総額とその内訳とを示す。

事業費総額
 概算要求  2兆2,333億円
 予算案   2兆2,065億円
(平成16年度 2兆1,974億円)

収入
       運営費交付金 授業料及び入学検定料 附属病院収入  雑収入
 概算要求  1兆2,666億円       3,485億円   6,062億円  120億円
 予算案   1兆2,317億円       3,567億円   6,061億円  120億円
(平成16年度 1兆2,415億円       3,481億円   5,957億円  121億円)

支出
      教育研究経費等 特別教育研究経費 退職手当等 病院関係経費
 概算要求  1兆3,315億円      982億円  1,478億円   6,558億円
 予算案   1兆3,336億円      786億円  1,383億円   6,560億円
(平成16年度 1兆3,387億円      741億円  1,305億円   6,541億円)

このように、概算要求と予算案とを比較すれば、次のような特徴が明らかになる。
・概算要求時と比較して、予算案では事業費総額は約270億円の削減となった。
・病院関係経費の支出によって決定される病院関係の事業費は、概算要求時と予算案
策定時とで大きな変化がない。
・附属病院収入についても、概算要求時と予算案策定時とで大きな変化がない。
・したがって、約270億円の差異は病院関係以外の収支の調整によって吸収されてい
る。
・収入面における約270億円の差異は、運営費交付金の削減約350億円と、授業料標準
額値上げ約80億円との差額によって構成されている。

病院関係の事業費の特徴をより詳細に分析することによって、運営費交付金の扱われ
方のより明瞭な理解を試みる。運営費交付金の「病院診療関係相当分」とは、式で表
せば(病院関係経費)−(附属病院収入)を指していた。この数字を概算要求時と予
算案策定時とで比較してみると、次の表のようになる。

       病院関係経費 附属病院収入 運営費交付金「病院診療関係相当分」
 概算要求    6,558億円   6,062億円   496億円
 予算案     6,560億円   6,061億円   499億円
(平成16年度   6,541億円   5,957億円   584億円

「病院診療関係相当分」の運営費交付金が、概算要求時に比べて運営費交付金総額の
より少額となった予算案策定時の方がわずかながら多額となっている点は注目に値す
るが、拙稿ではこれ以上触れない。指摘すべきは、概算要求時には運営費交付金の増
額を見込み、予算案策定時にはその減額が見込まれていたにもかかわらず、「病院診
療関係相当分」の運営費交付金は一貫して約500億円という固定した額が計上されて
いるという点である。

この表を算出した際、筆者はまず計算に用いた数値を、ついで引用した議事録の文章
を、誤りがないか再度確かめずにはいられなかった。委員会事務局の弁を借りれば、
「病院診療関係相当分の運営費交付金の削減と運営費交付金の増減は関係がない」と
いう関係こそが、文部科学省が想定している予算措置だったのである。ところが予算
案策定時に運営費交付金の増額見込みが減額見込みへと変化し、支出と収入の差額の
埋め合わせに授業料標準額の値上げが必要となった、もしくは授業料標準額の値上げ
が何らかの理由で強要されこれと抱き合わせで運営費交付金の減額が計上された。文
部科学省の位置はこのような場所にあったのである。繰り返すが、概算要求時には、
運営費交付金の増額を見込み、かつ授業料標準額の値上げは見込んではいなかったの
に対し、予算案策定時には運営費交付金の減額が見込まれ、かつ授業料標準額の値上
げが新たに盛り込まれたのである。ところがこれを文部科学省は、運営費交付金の増
減とは関係なく計上されていた「病院診療関係相当分」の運営費交付金削減額を引き
合いに出し、これと授業料標準額値上げとの多寡の比較によって、「授業料の改定と
運営費交付金の増減は関係がない」と述べるのであった。曰く、運営費交付金の削減
額の大半は「病院診療関係相当分」であるから、と。このような言辞に信憑性を見出
せないことを、今ここで筆者がこれ以上述べ立てる必要はなかろう。


6.問題点の更なる精査:総会(第8回)で委員会事務局が示した論理の暗い陥穽

今一度、総会(第8回)で委員会事務局が付け加えた説明の最後の一文の最後を再引
用する。

議事録より
****************************************************************************
要するに、運営費交付金が減ったからそれを補填するために授業料の標準額を改定し
たのだとか、或いは標準額をアップしたから運営費交付金が減ったのだとか、そうい
うような報道がありますが、そのことについては、授業料の改定と運営費交付金の増
減は関係がないということを申し伝えたいと思います。
****************************************************************************

運営費交付金が三つの勘定項目によって構成され、そのうちの一つである学部教育等
標準運営費交付金は授業料標準額の値上げによって減額されることは算定ルールで決
められている、ということを拙稿では既に確認した。したがって、「授業料の改定と
運営費交付金の増減は関係がない」事態は限定的には成立しえても一般的には成立し
ない、虚偽の命題である。そしてこの限定性とは、授業料標準額の改定(いまは値上
げ)と運営費交付金の増減(いまは削減)との無関係性の立証を必要とする。実際に
授業料標準額の値上げが実施され、運営費交付金が削減されている以上、この無関係
性を立証するためには授業料標準額の値上げが運営費交付金の削減に対して寄与して
いない、言い換えれば他の要素が運営費交付金削減に寄与している、このことを主張
者は立証せねばならないのである。

拙稿の賢明なる読者の大半は、拙稿が上記において引用した算定ルールに基づく運営
費交付金算定が貫徹された結果が、運営費交付金の削減の埋め合わせのための授業料
標準額の値上げであり、これを糊塗するために用いられた論理が委員会事務局の説明
による「事業費全体」と運営費交付金に占める「病院診療関係相当分」との数字によ
ることが容易に読み取られたことと筆者は推測する。しかし、なおも委員会事務局の
説明を更に精査し、問題点を整理してみたい。

総会(第8回)での委員会事務局による、上に既に引用した説明を改めて引用し、分
析してみたい。

議事録より
****************************************************************************
授業料の増86億円に対して事業費全体が91億円上回っておりますので、いわば、授業
料を改定したということは、運営費交付金の増減に対しては何にも影響も与えていな
い。
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まず「事業費全体」について論じるならば、ここで示された論理の前半、「いわば」
までを次のように表現したならば、これを読む者にとっては全く異なる印象を与えよ
う。

----------------------------------------------------------------------------
事業費全体の増91億円に対して授業料の増が86億円を占めますので、
----------------------------------------------------------------------------

一つの事実を、語順を入れ替え、修飾語を適当に加除して表現を変えただけである。
この変更された表現を読む者にとっては、授業料標準額の値上げが事業費全体の増額
の大半を占めることをまず如実に知らされることになるだろう。しかもこの部分を読
む時点で既に運営費交付金の削減額98億円の存在を念頭においているならば、事業費
全体の増額には授業料標準額の値上げが余儀なくされる事態を想起させ、議論は全く
異なる様相を呈することになる。つまり、この一文の前半は、一つの事実を事実に即
した理解ではなく表現者の意図する理解への曲解へと誘導するための単純なレトリッ
クなのである。もっとも、こちらの表現を委員会事務局が採用したならば、授業料標
準額の値上げが事業費全体の底上げを図ったものとしてより攻勢的・説得的に、値上
げの長所をアピールできた可能性もある。いずれにせよ、「いわば」で換言される前
の文節はレトリックに過ぎず、説明的要素を持ち得ないのである。

だがそもそも、事業費全体の増額が授業料標準額の値上げと運営費交付金の削減との
間の無関係性を立証する論拠になりえるのだろうか。事業費全体の増額は、授業料標
準額の値上げを含んだ収入項目の増額によって成り立っており、仮に授業料標準額の
値上げが事業費全体の増額を説明しえても、それと運営費交付金の削減との間の無関
係性を論じるための論拠にはなり得ないのである。つまり事業費の増額を議論に持ち
出してこの無関係性を論証しようとする限り、この議論はレトリックに必然的になら
ざるを得ない。そしてレトリックではこの論証は実現できなかったのである。

ところで「いわば」という接続語による換言関係で連結された上記引用文の後半は、
換言関係を構成していない。すなわち、接続語の前半は全体額の増額に占める内訳の
特定勘定項目の増額の割合を論じているのに対し、後半は内訳の特定勘定項目同士の
増減の多寡を論じた結果、項目の一方の増額が他方の増減に対して「何にも影響も与
えていない」と、前半の換言として述べているのである。これは、別個の「事実」が
併記されているに過ぎないうえに論証にさえもなっていない。「いわば」以降が事務
局が本来訴えたい主張であるならば、「上回っておりますので」よりも前に記すべき
論述は、授業料標準額の値上げと運営費交付金の削減の無関係性の立証であり、事業
費の増加額と授業料標準額の値上げ総額との多寡の比較はこの立証に何ら寄与しな
い。仮にこの説明文を成立させるならば、接続語の後半では既に指摘した「事実」を
踏まえ、接続語としては「いわば」ではなく「改めて」や「繰り返すならば」などを
用いるのが、少なくとも誤りのまだ少ない日本語である。

したがってこの一文は、単純なレトリックと誤った日本語とによって構成された、文
部科学省の文書としては著しく不適切な文章である。このような支離滅裂な言辞に
よって、授業料改定と運営費交付金の増減が関係ないと説明されたものとの理解へと
到達する意識活動は浅薄の極みであると指摘せねばならない。

以上やや諧謔的になったが、委員会事務局の説明に含まれている問題の形態の一部の
解明を試みた。では、このような説明へと誘導する論理上の構成はいかなるものだっ
たか。委員会事務局による説明は事実を適切に表現したか。上に再引用した部分の前
段を再引用する。

議事録より
****************************************************************************
国立大学法人全体で見れば、病院収入の増と支出の増という中で運営費交付金の減は
全部で98億円ありますが、その主なものは病院関係の経営改善係数によるものです。
従って、そちらの方ではわずか数億円という減にとどまっているところでして、
****************************************************************************

この部分もまた大変奇異な文章である。引用文中の「そちらの方」とは、病院関係以
外の教育研究関係の運営費交付金を指しているものと理解した上で、以下に二点を論
じる(議事録において、指示語が指示対象とする文節が明示されない文章を残すこと
は誤解を生みやすい。この箇所は議事録作成の初歩的ミスではなかろうか)。

第一点は、「病院関係」と「そちらの方」との運営費交付金削減の多寡の比較である。
鍵となる用語は、運営費交付金における「病院診療関係相当分」である。病院関係の
経営改善係数による増収を見込んで、運営費交付金におけるこの部分の減額を考慮し
た結果、病院関係の事業費は収支が均衡し、かつ総額が19億円の増額となる、という
のが委員会事務局の説明だった。ところが「病院診療関係相当分」の運営費交付金、
という勘定項目は、運営費交付金の算定ルールには定義されてはいないのである。運
営費交付金の算定ルールではあくまで、「附属病院運営費交付金」が経営改善係数に
よって減額されるルールが記されているに過ぎない。運営費交付金は、「附属病院運
営費交付金」を含んだ三つの勘定項目によって構成されることが、算定ルールでは記
されている。では「病院診療関係相当分」とは運営費交付金のどの部分を指すのか。
「附属病院運営費交付金」との差異は何か。委員会事務局は適切に説明せねばならな
かった。この説明を委員会事務局は、事業費の内訳を示した予算資料に引いた一本の
一点鎖線と、そこに書き加えた「病院診療関係相当分」との用語によって、あとはそ
れらの意匠から読者に与えるニュアンスに依拠する形式で済ませたことにする。この
ように出自の不明瞭な数字と比較された、教育研究関係の運営費交付金削減額の多寡
など信用に足るはずもない。委員会事務局から持ち込まれた、明瞭に定義されない概
念や、勘定項目として定義されていない勘定の増減に基づく議論を委員は制止する必
要があったのである。審議の場において、委員の意識が仮に朦朧としていたとしても、
「附属病院運営費交付金は85億円減の499億円ですか」と一言質問すればこの問題は
容易に解消されるものだったが、委員による反応の精査は後に譲るとする。

第二点は、この説明が暗に依拠している運営費交付金の算定ルールに関連する。一言
で言えば矛盾律(*)の否定である。「病院関係」の運営費交付金とは附属病院運営
費交付金ないし運営費交付金の一部を指すと理解して、上の再引用文で委員会事務局
が述べている内容をより正確に理解するために、言葉を付加してみよう。

----------------------------------------------------------------------------
…運営費交付金の減は全部で98億円ありますが、その主なものは病院関係の経営改善
係数による「増収見込みによる」ものです。
----------------------------------------------------------------------------

括弧で括った言葉を挿入すれば、当初の説明では不十分だった解説が経営改善係数の
趣旨とともに明瞭となる。すなわち委員会事務局は、病院関係の運営費交付金の削減
が、経営改善係数による増収見込みに応じて減額されるルールを明瞭に述べているの
である。もはや記すまでもない。この論理を「病院関係」から「そちらの方」に引き
移せば、それは学部教育等標準運営費交付金の削減が、授業料標準額の値上げによる
増収見込みに応じて減額されるルールを明瞭に示唆するのである。この二つの関係の
共通性は、運営費交付金の算定ルールに明瞭に記された、増収見込みは運営費交付金
の削減に反映させるという政策的措置に他ならない。授業料標準額の値上げによる増
収見込みが運営費交付金の削減に影響を与えていない、と論証したい委員会事務局は、
その論拠として、病院関係の経営改善係数による増収見込みに依拠した運営費交付金
の削減を持ち出しているのである。委員会事務局の主張を整理して平たく書き直して
みよう。「増収見込みによる運営費交付金削減はない、なぜならその運営費交付金削
減は増収見込みによるからである」。形式論理に対するこのような挑戦とその超越と
を、委員会事務局は委員会総会の場で平然と行っているのである。この説明に対する
委員の反応の精査は後に譲ることにする。

委員会事務局によるこの説明は、以上のような分析の結果、分析を進める度合いに応
じてその陥穽の暗さが深く大きくなっていくことが分かった。委員会事務局がこの陥
穽から逃れる道筋は事実を認める以外にない。すなわち、以下の二点を明瞭に認める
ことである。

・運営費交付金の算定ルールは、授業料標準額の値上げと運営費交付金の削減とが抱
き合わせとなるように決定されている。
・このルールに則って、2005年度の授業料標準額の値上げが運営費交付金の削減と抱
き合わせで実施された。

運営費交付金の算定ルールの認否が明瞭でないことが、委員会事務局によって拡張さ
れる陥穽に人々がはまる契機となるのである。上記の第一点を委員会事務局に認めさ
せることが総会(第8回)における論点の整理に最も効果的な言及となりえた。

やや冗長となったが、本節における筆者の主張を要約して節を改めたい。
○授業料標準額の値上げは、運営費交付金の算定ルールを貫徹し、運営費交付金の削
減と抱き合わせとなったものである。
○この事実を糊塗するために委員会事務局が持ち出した論理は、
・単純なレトリックによって事実の理解の曲解への誘導が意図され、
・論理的な一貫性を欠いた日本語によって表現され、
・定義されない概念に基づく数値の引用によって多寡が比較され、
・前提として形式論理に対する挑戦とその超越とを含んでいる、
といった性格を持っている(このような論理をどのように表現すれば良いか、言葉の
選択に筆者は困窮するが、逡巡した結果ここでは「懈慢した」(**)と表現すること
にした)。
○委員会とその委員会による国立大学評価に対する信頼の度合いの精査のためには、
このような委員会事務局の説明に対する委員の反応を精査する必要がある。

(*)矛盾律(矛盾原理):思考の法則の一。「Aは非Aでない」または「SはPである
と同時に非Pであることはできない」という形式で表す。この原理は、一定の論述や
討論において概念の内容を変えてはならないことを意味し、同一原理の反面をなす
(岩波書店、広辞苑第五版)。

(**)懈慢:なまけて事をなおざりにすること(岩波書店、広辞苑第五版)。


7.総会(第8回)で委員たちは何を議論し、何を黙過したか

総会(第8回)は、委員会事務局によるくどい、虚偽の、そして懈慢なる説明を踏ま
えて委員による審議に入る。以下に、この予算をめぐる審議の全内容を、発言者ごと
に順序を入れ替えて、引用する。

賢明なる読者の読後の落胆を回避されたく予めこの審議の特徴を記せば、委員会事務
局によるこの説明の矛盾や問題性を委員の誰一人として指摘することなく、この審議
は終結する。しかも審議内容の質にいたっては、委員会の質そのものに対する疑念と
落胆とを催させるに足るものと言わざるを得ない。委員会事務局の低質に委員会が相
応してしまっている。

まずは、委員会事務局による説明を経て口を開いた委員長の発言と、これに対する委
員会事務局の説明とを列記する。

議事録より
****************************************************************************
○ 委員長
 はい、ありがとうございました。
 授業料は据え置きというところが多いのですか。
● 事務局
 何らかの形で標準額と違う設定をした大学は現在のところ6大学でして、数大学が
まだ最終決定しておりませんが、残りの80近くは標準額と同じ額に引き上げるという
ことです。
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授業料を据え置くか、標準額どおり引き上げるか、という大学個別の選択は、運営費
交付金の算定には関係がない。据え置く大学の総収入が運営費交付金の削減に応じて
減少するのみである。

委員長は、他にも二度発言している。

議事録より
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○ 委員長
 授業料と運営費交付金との割合、授業料の占める割合はどのくらいですか。
● 事務局
 資料1の4枚目をご覧頂きたいと思いますが、収入のところをご覧頂きますと、全
体の収入のうち授業料収入は1番上のところでして、3,567億円です。授業料と入学
検定料を合わせて約16パーセントです。
○ 委員長
 入学検定料を上げるのは駄目なのですか。
● 事務局
 先ほどご説明致しましたように、私学の学納金等の状況も踏まえて経済状況を勘案
して上げるわけですが、入学検定料も年度を追ってこれまで改定してきた経緯もあり
ますが、ここ数年、平成10年度以降は上げておりません。また入学料ですが、これも
今まで2年に1回のペースで改定してまいりましたが、私学の入学料がここ数年は頭
打ちむしろ下がり気味でして、こういった状況を勘案すると、入学料もこれ以上に上
げないことになるのではと思っております。
○ 委員長
 受験料はどうなのですか。
● 事務局
 受験料も、私学はほとんど平成8年から33,000円代で推移してきて、やや私学の受
験料が下がり気味です。国立も今33,000円とほぼ同じ水準になっておりますので、現
状では、これ以上にあげるという選択肢はないと思います。
****************************************************************************
議事録より
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○ 委員長
 学費もさることながら、日本はやはり生活費が高いですね。奨学金以外に寄宿舎な
どの充実というのはないのですか。
● 事務局
 全般的に国立学校の施設整備については、先端的な研究施設や大学院の整備を中心
にやっておりますが、最近PFIというような新しい手法も導入されまして、PFI手法を
使いまして現在学生の寄宿舎というものを整備している大学が2大学あります。
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授業料の値上げが論じられている場で、委員長はなぜ授業料以外の学生・保護者負担
をめぐる発言を執拗に繰り返すのか。好意的に解釈すれば、授業料値上げが学生生活
を全体として逼迫させる事実について、他の負担とあわせて論議することでその問題
性を示そうとしている、と解釈できないことはない。しかしいまの議論における重大
な前提は、運営費交付金の削減の埋め合わせに授業料標準額の値上げが見込まれてい
るという点であり、かつその説明において委員会事務局は虚偽を報告し、その論理は
瞞着そのものであるという点である。学生思いの元大学教員を演じる前に、問題の本
質を的確に明らかにする英知の発揮こそ、ノーベル賞受賞者にはふさわしかった。

委員会事務局からの一連の報告を受けた後の委員長の発言に続いて、この委員の発言
には目を覆わざるを得ない。

議事録より
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○ 南雲委員
 これは報告事項なので、特段意見を申し上げるつもりはなかったのですが、今ご説
明あったように、運営費交付金との関係ではないということがはっきりしているわけ
ですが、それであれば、授業料をなぜ上げたのかということを、私は個人的に、研究
開発とか教育の質を上げるというように見ているのですが、むしろそちらを言わない
と、このデフレの時代になぜ上がるのかと率直に言って考えるのです。そうすると、
運営費を削られたからそのような措置を取るのだと考えてしまうのです。私もこれは
間違いだと理解しておりますが、上げた理由をもっと明確に主張すべきだと思いま
す。それは、教育の質を上げる、或いは研究の成果を出すために、そちらに費用を費
やすのだという主張をしないといけない。今の説明ですと言い訳に聞こえてしまいま
す。一般の広報から受け取る方はそのように見てしまうので、ぜひ留意をして頂きた
いと思います。
****************************************************************************

この委員の言辞の中で妥当な箇所が二点ある。授業料を「上げた理由をもっと明確に
主張すべきだ」という点と、「今の説明ですと言い訳に聞こえてしまいます」という
点である。そして、授業料値上げの理由は委員の理解とは正反対で運営費交付金との
関係においてであり、また今の説明は言い訳に過ぎないのである。

この委員は、委員会事務局の説明に引き続いて委員長が授業料を据え置く大学の多寡
を事務局に尋ねた直後にこのような発言をしている。他の委員や委員会事務局の発言
によって問題点が明瞭にされたあとでこのような「苦言」を呈しているわけではない。
委員会事務局の説明を即座に「理解」し、さらにその委員会事務局の説明が「言い訳」
がましくならないよう助言に腐心している。学生と保護者の負担増を、委員会審議の
経過に照らして懈慢なる論理に依拠した虚偽の説明も付加した上で果たそうとする委
員会事務局に対し、その虚偽も懈慢も指摘せずに理解してしまう、およそ「委員」と
名のつく職にはふさわしくないその能力には端倪すべからざるものがある。このよう
な委員によって評価される国立大学法人の役員は不憫である。せめて、「理解」しや
すい資料と「言い訳」に聞こえない説明の準備を怠らないよう、筆者は助言しておき
たい。

審議経過では一旦、授業料をめぐる発言からはずれ、人件費をめぐる議論へと転じる。

議事録より
****************************************************************************
○ 鳥居委員
 今説明に使っている収入と支出の表なのですが、この表の上に書き込むと、人件費
はどういうことになるのでしょうか。この枠の外にでるのでしょうか。それとも教育
研究経費1兆3,000億円の中なのでしょうか。
● 事務局
 人件費はこの教育研究経費の中です。それから退職手当はその下にありますが、基
本的にはこの表の中です。
○ 鳥居委員
 1兆3,000億円のうちの幾ら位になるのでしょうか。
● 事務局
 大体運営費交付金と同じ位、従って事業費全体のうちの50数パーセントくらいが人
件費という割合になります。
○ 鳥居委員
 それは教育研究経費だけからなのでしょうか。
● 事務局
 教育研究経費の中には一般の教職員の人件費が入っておりますし、退職手当も広い
意味での人件費です。また、病院関係経費の中には病院の看護師などの人件費も含ま
れております。それらをあわせますと、大体1兆2,000億円位で事業費全体の50数パー
セント位を占めるというような構成になります。
○ 鳥居委員
 そうすると、助手の給料は病院であっても、教育研究経費から引くのですね。
● 事務局
 そうです。病院の教員、助手も含めた教員の給料というのは、この教育研究経費の
中に含まれております。
○ 鳥居委員
 分かりました。
****************************************************************************

この委員にとっては、授業料に関する委員会事務局のくどい虚偽説明も関心を呼び起
こさなかった。予算をめぐるもっぱらの関心事は国立大学法人、特に病院の人件費管
理、ということか。しかし、もしこの委員が「病院関係」の運営費交付金の構成に関
する多少の知識と先鋭なる問題意識とを持ち合わせていたら、この質問の角度から、
委員会事務局の意表を突く形で、授業料標準額値上げ問題の本質に迫る可能性があっ
た。すなわち看護師などの人件費、つまり附属病院運営費交付金の内容への言及から
病院の教員の人件費つまり特定運営費交付金の内容への言及まで進んだのである。し
かし、議論は学部教育等標準運営費交付金まで到達せず、したがって授業料の問題に
までは達しなかった。これが達成されなかったことを「もちろん」と表現しても、お
そらく良かろう。

人件費をめぐる議論が終わると、再び授業料の議論になる。

議事録より
****************************************************************************
○ 寺島委員
 質問なのですが、国立大学の新授業料の標準額が535,800円で、私立大学との授業
料格差が1.53倍になったということが出ています。表でいうと1975年当時は5.1倍
あったのが、1.5倍強に縮まってきた。つまり、別の言い方をすれば、国立大学に行
く授業料上のメリットというのが、ものすごく小さくなってきた。それはそれで1つ
の方向として分からなくもないのですが、例えば、53万円の授業料を払わなくてはな
らないというときに、奨学金とかでサポートしていくようなメカニズムも、その一方
で平行して充実しているのかどうかお聞きしたいのですが。
● 事務局
 奨学金ですが、日本学生支援機構、昔の日本育英会ですが、ここの奨学金は随時充
実をさせておりまして、17年度ですが、貸与月額を1,000円、年額12,000円増額する
などの措置を取っています。それから、貸与人員も有利子の方を増やしたり、法科大
学院に対する奨学金も充実しております。それから、これは授業料の減免ということ
になりますが、運営費交付金を算定する際に、経済的な事情で支払いが困難な学生に
対しては全額、或いは半額なりの免除という形で、実際の運用は各大学で行って頂き
ますが、そういう予算の枠もきちんと確保しております。
****************************************************************************

この委員の発言もこれで終わりである。この議論では「53万円の授業料を払わなくて
はならない」事態と「年額1万5000円の授業料標準額値上げ」が盛り込まれた予算案
をめぐる委員会審議において、奨学金の貸与額の「年額12,000円増額」という奨学金
の手薄い手当、委員会事務局の説明によると奨学金の「随時」なる「充実」が返答さ
れたのみで議論が締めくくられた。この委員の発言が授業料の学生・保護者負担の過
重を懸念する立場からのものであることは理解できるが、懸念が虚偽説明によって糊
塗されていることに、この委員は気づいて指摘する必要がそもそもあった。加えて、
委員会事務局からのこの程度の説明によって納得できる程度の問題意識は、委員たり
うる見識をなすと言えるのだろうか。これは、この総会における予算をめぐる審議に
おいて沈黙する他の委員に対しても指摘せざるを得ない。


8.まとめにかえて −国立大学法人評価委員会の「再生」と「解体」のあいだ−

総会(第8回)審議は、委員長による寄宿舎を巡る発言と委員会事務局の返答があっ
たのち、

議事録より
****************************************************************************
○ 委員長
 他にご質問はありますでしょうか。それではないようですので、各大学では予算を
有効に使用して頂きまして、大学本来の使命である教育研究の充実と活性化をおおい
に図って頂くように、お願いをしておきたいと思っております。
 それでは、次に国立大学法人及び大学共同利用機関法人の中期目標の変更の原案、
及び中期計画の変更案についてご審議頂きたいと思います。
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と委員長が宣言して、議題は次へと移ってしまうのである。委員長による締めくくり
の発言は、もはや全く無意味でありむしろ虚飾と腐臭に満ちている。各大学の予算の
有効利用以前に、この委員会が予算案を審議した過程において、この委員会自体の有
効性と存在価値が問われ、明るみに出てしまったからである。

総会(第8回)における審議のうち、予算をめぐる議論での発言者は上記4名である。
15人の委員・専門委員のうち11名は、この審議で何ら発言をしていない。付け加えれ
ば、この総会で発言している委員はこの4名に加えて他に飯吉委員と舘委員の計6名
にすぎない。またこの総会における南雲委員の発言は、上に引用した一回のみである。
授業料負担者の経済事情を思慮した発言は15人の委員・専門委員のうち2人にとどまっ
ている。以前の総会での委員会事務局報告や資料との矛盾を指摘した委員は皆無であっ
た。

およそ世に存在する「組織」において、自らの議論に責任を負えない場合、ここでは
矛盾する言辞が並立しそのことに無自覚・無関心である場合、その組織は存続に値す
るものなのだろうか。しかもこの委員会の場合、その組織の存立は組織における議論
内容と併せて、法に根拠を有している権力機関とその行為の一部を構成するのである。
法に依拠した議論に責任を負えない委員会が、存立の根拠が法に規定されているとい
うだけの理由でその活動を継続するならば、むしろその事態はこの法自体の存立に対
する疑義の誘因とならざるを得ない、という論理的帰結は常識的である。言い換えれ
ば、委員会によるこのような審議状態は、国立大学法人法体制そのものの解体の主張
の論拠となりうるのである。しかも既に見たように、委員会事務局=文部科学省が委
員会のこのような事態を形成する以上、全委員の解任による構成員の一掃によっても
委員会が刷新される見込みが成り立たないのである。

一方、国立大学法人法体制の保持を図るのであれば、以下の法文に基づいて委員会の
再生が図られなければならない。

国立大学法人法 第九条の2
評価委員会は、次に掲げる事務をつかさどる。
一 国立大学法人等の業務の実績に関する評価に関すること。
二 その他この法律によりその権限に属させられた事項を処理すること。

拙稿は、委員会が何がしかの「事務をつかさどる」能力を欠いていることを明らかに
した。現下の事態を国立大学法人法に違反する事態の出来ととらえるならば、法が与
えた条件を委員会が満たしていない事態を克服しない限り、遵法的国立大学法人法体
制は維持できないはずである。

後者の選択に即して筆者が可能な若干の最低限のアドバイスを委員諸氏に与えるなら
ば、以下の五点となる。

・審議には、過去の議事録と資料を持参して臨んだ方がよい。
・過去の議事録と資料は予め読み込んでおいた方がよい。また審議中にもまめにこれ
らを読み直す方がよい。
・少なくとも時折、委員会事務局が虚偽を報告することがあるので、委員は委員会事
務局の報告を鵜呑みにしてはならない。
・審議動向は国民が注視しているので、また委員の責務としても、疑問や懸念をまず
明らかにするためによく思考し、発言にして納得いくまで議論した方がよい。
・ただし不見識な発言は議事録に残るので、そのような発言はしない方がよい。

これらが、大学名誉教授や学長、団体・法人役員らによって構成された国立大学法人
評価委員会に対して与える、筆者からのアドバイスである。これらが励行されれば、
少なくとも法文が委員会に与える条件の達成は容易だろう。

このようなアドバイスを筆者が与えねばならない委員会から、この9月、すべての国
立大学法人は昨年度の業務の実績に関する評価を受けた。委員会の既に記したような
能力に応じた評価、とりわけ「特筆すべき進行状況にある」などという賛辞を用いた
評価の空疎さが想像に難くない。授業料負担者に対する思慮を欠いた委員会が、多忙
化の中でも教育研究に傾ける教員の熱意に対しても、また過密な労働条件における職
員の奮闘とその改善要求に対しても、その思慮を欠いていないと推測する根拠は存在
しない。にもかかわらずこのような委員会がなおも存立している今日、この委員会に
対して我々は、「解体」から「再生」までの連続的な選択肢に基づく言説をなお有し
ていると前提した上で、この委員会の動向を厳格に注視分析し批判する営為が、国立
大学の知的存立を確保する上で不可欠となっていることを賢明なる読者諸氏に筆者は
訴えたい。

このような委員会から、数々の指図を受け、また「使命」や「活性化」などを叱咤さ
れる国立大学法人の役員が、筆者は改めて不憫に思われる。ただしその役員がこれら
の委員や委員会事務局に匹敵、あるいはこれを凌駕する瞞着ぶりを示すのであれば話
は別であるが。そして、文科省による授業料標準額の値上げに対して付和雷同し、授
業料の値上げを決定した大学が殆どであった事実経過は、筆者に、国立大学法人の役
員を不憫がらせる必要性が低い可能性を示唆していることを最後に記して、筆をおく
ものとする。

《補記》

拙稿は基本的に、国立大学法人評価委員会議事録と資料から、授業料標準額の値上げ
の問題について論じて来た。したがって拙稿が、このような資料の選択基準に由来す
る議論の狭隘な性向から逃れることは十分にはかなわなかったことは予めご了承願い
たい。

「国立大学法人法・意見広告の会」http://www.geocities.jp/houjinka/は今回の授
業料問題が浮上した当初から、その問題点を意見広告という形式で明らかにし、また
そのための分析を進めてきた。拙稿における分析の問題意識とその視点にはその功績
と姿勢に負う所が大きい。このことを記して謝意を表したい。