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新首都圏ネットワーク


『朝日新聞』愛知版 2005年3月9日付

[ずばり聞きます]田原 賢一さん

Q.揺らぐ教育現場。教育系大学の役割と求める学生像は

 国公立大学の独立法人化から1年。刈谷市にある愛知教育大学も、学内組織
の見直しなどに取り組む一方、より多くの受験生を確保するための高校訪問な
ど新たな努力も重ねてきた。今春、近隣の国公立大が軒並み、昨年より受験生
を減らす中で逆に約250人増やした。とはいえ、「ゆとり教育」の見直しを
巡る論議など教育現場は揺れ続けている。どういう教師が今求められるのか。
未来の教師を送り出す側の田原賢一学長に聞いた。

 (聞き手・中沢一議)


愛知教育大学長
田原 賢一さん

 たはら・けんいち   65歳。兵庫県出身。大阪教育大を経て69年、名
古屋大大学院理学研究科博士課程修了。専攻は数学(代数学)。同年4月から
愛知教育大専任講師に。70年に助教授、81年から教授。01年から現職。
日本教育大学協会常務理事。


夢持ち多くの経験を

 ――法人化から1年。まずは、その成果と課題を伺います。

 「成果の一つは財務面。単年度会計が繰り越し可能になり、計画的に使える
ようになった。教職員の意識が前向きになり、大学を共同で作り上げようとい
う気持ちも芽生えてきた」

 ――今までは? 

 「昔の大学は象牙の塔。何人(なにびと)にも干渉されずに好きな研究がで
きた。これからは社会への説明責任が求められる」

 ――ところで先日ある人が言っていました。昔は教師は夢を語れたと。社会
全体の閉塞(へいそく)感とも重なる問題でしょうが。

 「センター入試の弊害も大きいと思う。この点数なら東大、これは京大と、
全国の高校生を輪切りにする。うちへ来る学生も、自分はこのレベルの人間だ
と思わされ、本来努力すればできることでもあきらめてしまう傾向がある。夢
が持て、夢が語れるようにしたい」

 「私が学生のころは、人生いかにあるべきか、日本や世界はどうあるべきか、
徹夜で語り明かした。夢があったからですよ。今の学生にも、メールを介した
会話だけでなく、人間として向き合って、かんかんがくがくの議論をしてほし
い。そういう経験が、保護者や生徒とのコミュニケーション力を高めていく」

 ――先日、学費値上げの説明会が愛教大でありましたが、参加した学生はわ
ずか10人でした。

 「その辺が歯がゆい」

 ――学費がこれ以上に上がっていけば経済的理由で進学できない人も出てく
る。教師になる人が多い大学だと考えると、経済的に弱い立場の人への共感力
も問われます。

 「最近の学生は社会性に乏しい面が確かにある。社会性をどう育てるか。私
は、学生たちにいろんな経験をさせるしかないだろうと思っている。種種雑多
な経験、できるだけ多くの変わった経験をしてほしい」

 ――学力低下論議のなかで学力テストの復活を求める声も出ています。

 「復活するかどうかは別にして評価そのものを否定する考え方は疑問。例え
ば、運動会で1等、2等を決めない学校がある。でも一番速く走れたこと、そ
れはほめていいのではないか。人間として一番だと言っているわけではないの
だから」

 「ただ、勉強ができないとその人間までだめだと思ってしまう危険性が社会
全体にはあるのも事実。学力は人間の一部のことですべてではない。発明や発
見で功を成し遂げた人が必ずしも勉強ができたわけではない」

 ――最後に、求める学生像をお聞かせ下さい。

 「教員になるうえで大事な資質の一つは、どんな人に対しても気軽に話がで
きて、相手の意見もちゃんと聞ける、そのうえで自分の主張もできる、という
ことだと思う。そのためにもいろんな経験を学生時代に積んでほしい」

 ――学力低下問題にからんで教える技術の向上も盛んに言われます。

 「技術を含めて大事なのは、教える先生の姿勢。本当に面白いと思って教え
れば、児童も生徒も、これは面白いんだなって思い、興味を持つようになる。
私はそれで十分だと思っている」


 愛知教育大学  49年、新学制制度に伴い、愛知第1師範学校、同第2師
範学校、愛知青年師範学校などが母体になり愛知学芸大として発足。66年か
ら現在の校名に。学部は、教員免許の取得を義務付ける「教員養成4課程」と、
義務付けない「学芸4課程」の2系列で編成されている。収容学生定員350
0人。入学定員875人。教員需要が増大する中で、学芸4課程から教員養成
課程への学生定員の振り替えなど、現在の体制の見直しも検討されている。